約 244,111 件
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2205.html
「もうっ!いつまで隠れてんのよ!」 アタシの対戦相手のハウリン、たしか凛っていったっけ?正直、あのコには同情する。起動直後でバトル?ありえない。アタシなら絶対イヤ。 そもそもこのバトルの原因の、アイツが絡んでたあの娘。そりゃあ、原因はあっちかもしれないけど、よそ見して歩いてたアイツも悪いんだし。向こうも謝ってるんだからそれでいいのに、なんでまたこんな面倒な事にするのかしら? いっつもそうなのよ、アイツは!態度ばっかりでかくてイヤになっちゃう。 ……いや、悪いトコばっかりってワケでもないのよ?たまにだけど優しいコトもあるし……あ、今は関係ないわよね。 とにかく、そんなワケであのコには同情してるワケ。でも、それはそれ。バトルになった以上は恨みっこなしという事で、さっさと勝たせてもらうつもりだったんだけど。 初心者ってワリにはなかなかやるのよね、あのコ。攻撃はもらっちゃうし、さっきので決めるつもりだったのに逃げられちゃうし。 いい加減探すのにも飽きてきた時、ようやくあのコの姿を見つけた。 巨大な砲身、蓬莱を手に待ち構えていたみたい。まともに撃ったってどうせ当たらないのに、まだ懲りないみたいね。エネルギーを使いきっちゃうけど、次の一撃で、レインディアバスターで止めよ! 「蓬莱ッ!」 相手の砲撃。そんなの何度も当たるモンじゃない。軽く避けて終わり―― 「きゃっ!」 不意に背中に走る衝撃。たいしたことないけど何?撃たれた?今のは…… 「プチマスィーンズ……!やってくれるじゃない」 小型の半自動支援メカ、プチマスィーンズ。銃器を取り付けられた四機のビットが、いつの間にかアタシの周囲を取り囲んでいる。でもこんなの、モノの数じゃないわ!所詮はムダなあがき…… 「わっ!だからムダだって言ってんでしょ……わっ!きゃっ!」 あ~、うっとおしい!ムダだって言ってんのに、しつこく撃ち続けてくる。一発一発はたいしたコトないけど、耐久力に自信がないアタシとしてはこれ以上撃たれるのはかなりマズイ。 回避の為に一度大きく迂回。するとハウリンが背を向けてどこかへ走りだした。また逃げるつもり?冗談じゃないわ、これ以上の面倒はゴメンよ!早く帰って、今日買った服を着たいんだから! ビットの銃撃をくぐり抜けてハウリンを追い掛ける。どうせスピードなら、圧倒的にアタシのが上。逃げたってムダよ! 建物の隙間を縫って走るハウリンを追い掛け、ちょうど四方をビルに囲まれた空間に飛び込んだその時、アタシはハウリンの姿を見失ってしまった。そんなはずない、確かにこっちに逃げて来たし、すぐ近くにいるはずよ。一旦足を止めて周りを見渡す。と、辺りの柱に取り付けられた妙なモノに気が付いた。どこかで見覚えのあるその『何か』。そしてそれが『何か』を察知すると同時に、レインディアを急発進させる。直後に響く爆音と衝撃、ヤバい。 アタシは逃げ場を求めてレインディアを急加速させる。四方を囲まれてる以上、上に逃げるしかない。爆発に巻き込まれるのもマズイけど、このままじゃ生き埋めになっちゃう。 「くぅっ!」 急加速、急旋回、急上昇。さすがにキツイ。体の芯まで響く派手な爆音、もし気付くのが遅かったらと思うとゾっとする。 今のはヤバかった。取り付けられていた『何か』、蓬莱のマガジンだ。炸裂弾が満載のマガジンを爆弾の代わりにするなんて、こすっからい手使ってくれるわね。初心者でここまでやれたのはたいしたモノだけど、もう頭にきた。ここを脱出したら、すぐに終わりにしてあげる。 崩れていくビルの合間を抜け出ると、目の前には空が広がっていて。バーチャル空間ではあるけど、雲一つない青空が広がっていて。だけどその直後に、アタシの視界は塞がれた。雲一つない空に現れた影。 「はあああああああっ!!」 体に走る衝撃と、砕け散る機体。翼を失ったアタシは、真っ逆さまに落ちていくしかなかった。 目の前にあるのは、雲一つない空、そしてあのハウリン、凛だった。 「ふぅ、これで全部セットしました」 『よし。もう少し経ったら姿を見せるぞ』 「ほ、本当に誘いに乗ってくれますかね?罠だと気付かれたら、打つ手がありませんよ?」 隼人の言う通りの場所に蓬莱の残弾、即席の爆弾を仕掛け終えた私は、何度目かの同じ質問をしていました。だってなんというか、あまりにもこの作戦は…… 『単純でいいんだよ。あのツガル、あんまり気の長いヤツじゃないみたいだからな。あの性格じゃあ、もうこの戦いにも飽きてる頃だ。格下相手だし、多少無理をしてでも決着をつけにくるハズだよ』 「ハズ……?」 『はず』 隼人の作戦はこうです。まず、いくつかの建物に爆弾を仕掛けておく。そして相手の前に姿を見せ、指定の場所まで誘導。タイミングを見計らってそれを起爆。四方で同時に爆発が起これば、必然的に退路は上に限られる。それを私が迎撃。相手がどんなに素早くとも、どこに来るのかわかっていれば命中させられる、という事です。 しかし、この作戦は全て予測に基づいたものに過ぎません。全て仮定で語られている以上、決して成功率の高い作戦ではありません。ですが―― 『俺はお前を、俺の相棒を信じる。だからお前も、俺を信じろ。お前の相棒を。な?』 「隼人……はい、わかりました!」 私は信じました。隼人の作戦を、隼人の言葉を。だってそう、私達はパートナー、相棒なんですから。 そして彼女は、アルさんは見事にこちらの思惑に乗ってくれました。そうなればあとは私の役目。放ったのは『獣牙爆熱拳』。捉えたのは私の持つ、最強の必殺技。その一撃は彼女を機体もろともに打ち砕き、強烈に地表へと叩き付けました。 「がはっ……」 彼女の体は固いアスファルトに放射状の亀裂を刻み付けると、そのまま力を失い横たわりました。もとより機動性重視で、防御や耐久力は低いツガルタイプ。もう立ち上がることは出来ないようです。そして―― 『K.O!Winner,Howling,RIN!』 コンピュータが試合終了のコールを鳴らします。そしてそのコールは同時に、私達、私と隼人の初勝利を告げるものでもありました。 「勝っ……た?私が……?本当に……」 『ぃぃぃいよっしゃあああああああ!!勝ったーーーーーーー!!!』 聴覚センサーが割れる程の歓声をあげる隼人。びっくりしました。ただでさえ信じられないことで驚いているのに、お陰で喜ぶタイミングを失ってしまったじゃないですか。 「わ、わーい」 一応喜びを表現しようとしてみたのですが。なんかもうダメっぽいですね。 『なーんだよ凛!もっと全身で喜びを表現しろって!ほーら、バンザー……おふぁ!?』 「!?」 な、なんですか、今の奇声は? 『うるさい!騒ぎすぎ!凛ちゃんがびっくりしてるでしょー!?』 えーと、この声はたしか、舞、さん?こちらからでは姿が見えないので、あまり外で盛り上がってもらっても困るんですが。 『だからって殴るこたぁねーだろ!?』 『うるさい!うるさいからうるさいって言ったの!』 『なんだと!?お前のがよっぽどうるせぇよ!!』 ああ、なんだか子供みたいなケンカが始まってしまいました。こんな時私はどうしたらいいんでしょう。戦闘中は夢中だったので特に気にしませんでしたが、素の応対にはまだ戸惑いがあるんですから。 「あ、あの、お二人共とにかく落ち着いて……」 『うるさいって言った方がうるさいんだよ!』 『なによそれ!バカなんじゃないの!?』 『バカ!?バカって言ったか、このバカは!?』 『誰がバカよ!?』 ああ、ダメそうです。聞いてません。完全無視です。もう、泣いてもいいですか?私。 「……信じらんない」 喧騒の中、天を仰いでいた彼女が、アルさんが小さく呟きました。 「このアタシが……負けた?アンタみたいな初心者に?」 「……」 信じられない、のは私も同様です。勝利の実感等、未だに沸いて来ないのですから。 「おかしいでしょ?せいぜい笑えばいいわよ」 「いえ、そんな事ありません。私なんかが勝てたのは隼人の、マスターのお陰なんですから」 「あんたのマスター?ソイツだって初バトルだったんでしょ?それとも、それだけアタシが情けないって言いたいワケ?」 「違います!ただ私は……隼人を信じる事が出来たから。隼人が、信じてくれたから」 「……?」 私自身、事態を受け入れきることは出来ていません。ですが、私なりに精一杯、彼女に応えなければなりません。私とのバトルに、全力で挑んでくれた彼女に。 「隼人が言ってくれたんです。俺も信じる、だからお前も信じろって。私は、それに応えたかったんです」 「……ハッ、なによそれ?信じるだの信じろだの……マスターとの信頼ってワケ?会ったばっかのマスターがそんなに好きなワケ?」 自然と顔が綻ぶのが自分でもわかりました。その質問だけは迷わずに、そして心から答える事が出来ます。 「はい!大好きですよ。だから私はがんばれたんです」 「……………よく恥ずかし気もなくそんなコト言えるわね。はぁ、なんかもう、どーでもいいわ」 あれ?もしかして呆れられてますか?彼女、アルさんは溜め息まじりに起き上がると、背中を向けたまま言葉を続けました。 「アンタ、バトルは続けるんでしょーね?」 「もちろんです!もっと強くなって、いろんな方と戦ってみたいんです!」 「……ふん、せいぜいがんばりなさいよ。…………また、ね」 それだけ言い残すと、彼女はさっさとフィールドから離脱してしまいました。『また』、一人の神姫として、そしていずれ戦う相手として、認めてもらえたという事でしょうか。 「はい。ありがとう、ございました!」 私は見えなくなった彼女の背中に一礼。心からの感謝を贈りました。 さて、神姫での決着は着いた。これで解決すべき問題は、あと一つ。 「おい、なんか言う事は?」 俺は半ば放心状態の残った『問題』に声を掛けた。このバトルに至ったそもそもの原因、彼にもそろそろご退場願おう。 「な、なんだよ!どうせこんなのマグレだ!」 「昔の人は言いました。『勝てば官軍』。さ~あ、なんか言うことは?」 「お……覚えてろよ!そのうち絶対リベンジしてやるからな!」 散々使い古された捨て台詞を残すと、騒ぎの元凶は慌てて走り去って行った。結局最後までオヤクソクを大事にするヤツだったな。名前すらわからないままだったのは気の毒だが。 「隼人。そ、その……ありが――」 「ったく、いつまでたっても手間がかかるヤツだな、お前は」 「な、なによ!人がせっかくお礼言ってんのに!」 わざわざ礼を言う必要なんてないのに、そんな改まった態度をとられると調子が狂ってしまう。だから俺はあくまでいつも通りに対応した。舞もいつも通りの憎まれ口を叩けるように。 「あの……」 「へーんだ、お前なんかに感謝されなくたっていいよー」 「なっ、調子にのるな!このバカ隼人!」 「んだと!?この泣き虫舞!」 「……あのー」 「誰が泣き虫よ!?私は泣いてなんかないわよ!」 「ウソつけ。さっきだってめそめそ泣いてたクセに」 「…………くすん」 「「あ」」 不意に聞こえた声に、俺達はようやく我に返る。はぐらかすだけのつもりが、つい白熱し過ぎてしまったようだ。舞と同時に視線を落とすと、そこにはいつの間にか凛が立ち尽くしていた。なかなか気付いてやらなかったせいか、凛は目尻に涙を溜めてすねているようだった。 「よ、よお、凛。お疲れ」 「えと、お、おかえり、凛ちゃん」 慌てて取り繕うが、どうしようもない程白々しい。凛はうるんだままの目で俺達を見上げると、哀しそうに抗議の声をあげる。 「二人とも、今私のこと忘れてませんでしたか?」 「「ま、まさか!」」 「…………ぐすっ」 「じょ、冗談だよ冗談!凛。よくやったな」 今にも泣き出しそうな凛。あやすようにその頭を指先で撫でてやると、恥ずかしいのか少し頬を赤らめながら目を細めた。 「ごめんね、私のせいで無茶させちゃって。ありがとう、凛ちゃん」 「いえ、そんなこ――」 「り、ん、ちゃーーーん!!」 「うわぁ!?」 舞の謝罪に応えようと口を開いた凛に、突然情熱的なタックルが浴びせられた。勢い余ってそのまま数回転した凛は、ようやく自分に抱きついたままの彼女に気が付く。 「あ、あなたは?」 「あたしヒカリ!舞の神姫だよ。それより凛ちゃん強いね!かっこよかったよー!」 「あ、ありがとうございます」 「ね、友達になろ!一緒に遊ぼーよ!あ!あたしともバトルしよ!」 凛のバトルを見て興奮しているのか、ヒカリは凛の肩を揺すりながら一方的に喋り続けている。勢いに呑まれた凛はしどろもどろに言葉を発しているが、完全にされるがままだった。 「こーら、ヒカリ。ちょっと落ち着きなさい」 「よかったな凛。早速友達出来て」 「はい!……あの、ヒカリ、さん?とりあえず離してくれませんか?」 「ヒカリさんじゃないの!ヒカリ!友達なんだからヒカリでいいのー!」 「だ、だからヒカリ!はーなーしーてー!」 すっかり気に入られたらしい。凛もまんざらでもないようで、これならお互いいい友達になれそうだ。二人を見つめていた舞も、俺の顔を覗きこむと嬉しそうに微笑んだ。 「よっぽど嬉しいのね。隼人が神姫買うって言ってから、ずーっと楽しみにしてたもん。近くに持ってる人もいなかったしね」 「ま、凛もなんだかんだで嬉しそうだし、よかったよかった」 「はーやーとー!助けてくださーい!」 「あはは、こんやはかえさないよー!」 やれやれ、なんだか賑やかになったものだ。こんな調子じゃあ、明日からも大変そうだ。 これからどんなオーナーと出会い、どんな神姫と戦うのか。きっと色んなヤツがいるのだろう。その全てが、俺は楽しみで仕方なかった。まだ目指す場所もわからないが、これから起こる全てを乗り越えて行こう。小さな相棒、武装神姫と。 「凛!これからよろしくな!」 「はい、隼人!こちらこそ!」 『武装神姫-PRINCESS BRAVE-』
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/281.html
そのじゅういち「勝ち負けよりも価値ある性質の立ち合い」 僕が武装神姫のオーナーだという事が学校で噂になった。 原因はもちろんあの女――モトカノをあの女呼ばわりもアレだけど――があること無い事吹聴してまわっている為だけど、それに伴って僕にとっては懐かしい事すら噂になっていた。 あんまり僕にとって愉快じゃない事なんで、明言は避けとくけど、まぁ、若気の――といっても今でも若輩なんだけど――至りってヤツで。 ついでと言っちゃついでなんだけど、僕に美人の彼女がいると言う噂までおまけに広まったもんだから、ここの所、どーにも学校が居心地よくない。 人の噂も七十五日とは言うけど、二ヵ月半もこんな噂に悩まされ続けるのかと考えると、自然と憂鬱になるというもの。 というか、年明けちゃうし。 更に更に、この噂のせいで、僕は今年一杯の部活動の禁止を顧問に言い渡された。 曰く、「精神修行であるこの場に、たかだか一学年の間とは言え他のものの集中を邪魔する原因を置いておくわけにいかん」とか。「お前の所為ではないのだが、スマンな」とも言ってくれはしたけど、僕の意思は無視ですか? でも、僕としてもそれはありがたい事でもなくもなく。 ……やっぱりどうしたって学校が居心地悪いわけだから、それこそ放課後はさっさと学校から逃げ出したい訳だから。 かと言って、毎日開き直って神姫バトルを繰り返すだけのゆとりがあるわけでも無いので、学校には秘密で短期バイトでも探そうかとも思いながら、それでも僕は1時間20分電車に揺られて、平日だって言うのにエルゴまで来ていたりする。 ……バカだなぁ、僕。 今日はせっかく学校が早く引けたのに、なんだかチョット時間無駄にしてる様な。 何で休日にしなかったのか。バカだなぁ、僕。 「とはいっても先立つものも無いしなぁ……」 「ですぅ~」 懐のさびしさに僕とティキは思わず同じタイミングでため息を吐く。 なんで金欠だってのにわざわざ1時間20分強の時間を費やしてるのか。つくづくバカだなぁ、僕。 そんなに自分のことをバカだバカだといってても凹むだけなんで、気を取り直して僕は店内へと入った。 どうでもいいけど、神姫もため息って吐くもんなんだな。……ホントにどうでもいいことだけど。 「「「いらっしゃいませ」」」 店長とは明らかに違う、女の人の声が三つ、同時に発せられる。 一つはこの店のシンボル、『ウサ大明神様』ことジェニーさん。他の二人の声は、聞いたことの無い声。 と言っても、僕はこの店に来るのがまだ二度目なので、バイトの人だとしても知らなくて当然なんだけど。 一人は接客をしている女の子。僕と同じか、一つ二つ上くらい。高校生なのは見ただけで丸わかり。だって、制服着てるし。 もう一人は神姫。TYPE 吼凛。なんだか商品モデルをやってる風。うん。このハウリン、接客している彼女の神姫みたいだ。一応、距離感でそれくらいはわかる。 でもこのハウリンがアノ有名な魔女っ子神姫だなんてその時の僕には知る良しも無く。後々に思えばすごくもったいない。……写真でも一緒に取れたら式部に自慢できたのに! 「こんにちは、ジェニーさん。店長さんいますか?」 レジで店番をしているジェニーさんに話しかける僕。この前来た時、思わず『ウサ大明神様』と呼んでしまったが、彼女はどうやらあまりそういう風に呼んでもらいたくないらしい。 「お久しぶりですね。今、二階に居ますよ」 ジェニーさんはまだ二回目の僕の事を覚えてくれていたらしい。……神姫なんだから当然と言ってしまえば当然だけど、うれしかったりする。 「二階……筐体コーナーですね。でも、あれ? なんか随分盛り上がってますねぇ?」 事実、二階からどよめきとも喚声ともつかない一種異様な音がもれ響いている。 「チョットしたハプニングと言うか、イベントと言うか……」 ジェニーさんは苦笑を浮かべながらなんとも歯切れの悪い事を言う。 「? とにかく行ってみるですよぉ♪」 ティキは好奇心が抑えきれないと言う風にウズウズしている。 僕としてもそこら辺はティキと同じ気持ちなので、ジェニーさんにお礼を言うと、二階へと向かった。 二階は異様な熱気に包まれていた。 3on3の、所謂チーム戦。それがただのチーム戦なら、こんなにも盛り上がりを見せる事は無い。 まず参加者が凄まじい。 セカンドリーグで名を馳せる『D-コマンダー』と言えば、知らないやつはそう居ない。かくいう僕も、実際そのバトルを見た事は無いが、チーム戦におけるファースト昇進の壁と言われる風評を知らないわけが無い。 片や相手チーム。オーナーブースに二人いる変則マッチだけど、神姫はそれでも三姫。このメンバーもすごい。 『隻眼の悪魔』・『神速の紅眼』・『紅き眼の狙撃手』・『紅の剣客』・『朝霧の紅眼』……などと幾つもの二つ名を持ちながら結局固体名そのままの名で呼ばれることの多い隻眼のストラーフ、十兵衛。 二つ名を持たないまでもその戦闘スタイルから『ケット・シー』と揶揄される事も多いマオチャオ、ねここ。 最後の一姫はさすがにその手の情報に疎い僕だから名前まではわからないけど、それでもそのハウリンの戦闘スキルは、見ただけでその高さを窺い知れる。 「おい、ティキ…… 僕達、とんでもない時にとんでもないタイミングで来たみたいだ……」 こんなカード、早々見られるもんじゃない。と言うか、絶対お目にかかれない。 今、この場所以外のところでは。 「全てを吸収なんて、できるはず無いけど、それでも絶対に参考になるから、見逃しちゃダメだ」 「……ハイです!」 いつもにも増して真剣な僕とティキ。僕らはそのバトルに釘付けになった。 中でもやはり注目しちゃうのは、同じマオチャオであるねここ嬢だろう。基本は同じ特性を持っているわけだから、一番参考にしやすいって言うのもあるのだけれど。 迫力のバトルは終わりを告げ、僕は今サブモニターでのエキシビションとして流れてるさっきまでの試合を眺めていた。 周りはそのときの熱気のままに、バトルが盛り上がっているけど、僕はそのあまりのレベルの高さに、試合が終了したと同時に脱力してしまっていた。 格好悪いけど、腰が抜けたんだ。 そんな僕の頭の上で、上手にバランスを取って座っているティキも、その眼はサブモニターを注視していた。 エキシビションのねここ嬢を見ながら、僕は誰に向けるわけでもなく小声で言う。 「すっげー、すっげー、すっげー。 あんな挙動、参考になんないよ。あんな、『幻惑する流星』のごとき、『切り裂く雷神』のごとき挙動なんて」 多分僕は放心状態で、ティキにしてもきっと衝撃的な体験で。 でもそれでも。 きっとティキもそう思っているんだろうけど。 その地平に憬れて。 そこに立てない自身が悔しくて。 それでもそこに向かう決意を固めてる。 三回目の試合映像を見終えると、僕ら二人はお互いなにも言わず、誰にも何も告げず、大いに賑わっている店内から出て行った。 帰りの電車の中。 僕とティキ――ティキは僕のジャケットの内ポケットの中――は、バトルの余韻と、不甲斐ない自分達に向けられた悔しさに当てられたままに電車に揺られている。 「あっ!」 内ポケットでティキが声を発した。 何事かと思いコッソリとティキを覗く。ポケットの中のティキは何処か驚いたような顔をして―― 「あっ!」 そして僕も思い出す。 店長さんに、相談しようと思ってわざわざエルゴまでやって来た事を。 終える / もどる / つづく!
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2488.html
与太話7 : 週刊少年ジャンプのように 「マ、マママスターッ!! えらいこっちゃぁー!!」 特にすることもない退屈な日曜日。 たまには何もしないのもいいかとダラダラ漫画を読んでいたわけだが、あまりに唐突にエルが叫ぶものだから驚いた拍子に椅子ごとひっくり返ってしまった。 自画自賛したくなるほどの反応速度で後頭部へのダメージを回避した分、負荷はすべて腰に回った。これぞ今呼んでいた漫画の悪役が駆使する過負荷 『不慮の事故(エンカウンター)』 である。ダメージを押し付ける対象が他ならぬ自分であるあたり不完全ではあるが、そもそも過負荷というのは負完全なものなんだし、きっとそのへんの違いは瑣末なものだろう。 いやはや実に恐ろしい。こうもあっさりと漫画の世界の能力を再現してしまうとは、自分の才能が恐ろしい。実は俺も素敵な能力の持ち主であったらどうしよう。その素敵な能力で武装して、分不相応に武装して、箱庭学園なる学校の生徒会長にケンカを売りに行くべきだろうか。 いや、やっぱやめとこう。姫乃を残して二次元の世界に旅立つわけにはいかないし、何より腰が痛くて立ち上がれそうにない。 「いつまでひっくり返ってるんですかマスター! 一大事ですよ! 武装神姫界に永久に残る記念碑的なアレですよ!」 「……あ、ああ、うん。今ちょっと起き上がれないからエル、何があったか言ってくれ」 「えへへ~/// 知りたいですか? そんなに知りたいんですか?」 よく分からないが、エルの言う【記念碑的なアレ】は神姫がウザくなる成分を含んでいるらしい。そんなものに触っては駄目だぞ、と手を伸ばしかけると腰にズキリと突き刺さるような痛みが走った。 この調子だと頭を上げることもできそうになくて、机の上でエルがどんな顔をしているのかも分からない。 もしかしたらわざと俺をひっくり返して、痛みに耐える俺を見下ろしてニヤニヤしていたりするのだろうか。俺が過負荷(マイナス)になったせいでエルまで過負荷に堕ちてしまったとか。 ウザ迷惑な能力である。 「ではでは、発表します! なんと! なんとなんとなんと! 戦乙女型アルトレーネの再販が! 誰もが待ちに待ち焦がれ恋に恋焦がれたアルトレーネの再販が! 決☆定! したのでしたー!!」 パチパチパチ! と力強くも小さな拍手の音が聞こえてきた。 アルトレーネ再販か、良かったな、うん。 これであの神姫センター名物になりかけた戦乙女戦争は恒久的に防がれたってわけだ。世界の平和に万歳。みんな、折り鶴はゴミになるから作らないでおこうぜ。 「んん~? ノリが悪いですねマスター。ああ、もしかして今が嬉しすぎるあまり将来が愁しすぎるんですね! 私達ももう長い付き合いになりますから、マスターの考えていることはよ~く分かっていますとも。でも大丈夫です! 私さえいればマスターはずっと幸せです! 具体的に言うと姫乃さんとの付き合いでは決して得られない【おっぱい成分】は私が補填しますから!」 エルが言った直後、机を蹴ったような音がした。その音に不吉なものを感じたのも束の間、ひっくり返ったままの俺の腹の上にエルが飛び降りてきた。 身長15cm程度のからくり人形、武装神姫。 その身体が華奢で小さなものであっても。 飛び降りた場所が低い場所であっても。 腹から腰に伝達された衝撃は、十分なトドメとなった。 「ふごおおおおおっ!」 姫乃に付き添ってもらって(か弱い姫乃に肩を貸してもらってもかえって俺の負担が増えるだけだった)病院に行くと、医者から「湿布貼っとけば治るんじゃね」とだけ言われて帰ってきた。ヤブ医者の言うことは無視するとして、俺にできることは大人しく横になるくらいだった。無力なものである。これでは二次元の世界で学園バトルに巻き込まれたとしても、メインキャラ達と戦うどころかコマの隅っこで驚く群衆が関の山だ。 「気持ちは分かるけど、あんまり弧域くんを困らせちゃ駄目よ」 「すみません……」 残りの湿布を片付けてくれる姫乃が話しかける先、エルは机の下でしょぼーんと影を落としていた。さっきまでのはしゃぎ様からここまで落ち込まれると、なんだか俺がエルを苛めているみたいで申し訳なく思えてくる。俺も姫乃も怒っているわけじゃないけど、エルは浮かれていた分だけ過剰に落ち込んでしまったのだ。 椅子の足に寄りかかったニーキはアルトレーネ再販なんて関係無く、いつもどおりエルに呆れている。 「君は悪くない、と言うわけではないがそろそろ出てきたらどうだ。せっかくのアルトレーネ型再販なのだから今は喜んでおくべきだぞ」 「そう、ですけど……でも……」 「面倒な性格だな君は。少しは至極単純な君のマスターを見習うといい」 「ヒトが動けないことをいいのにコノヤロウ。じゃあ俺が今、何考えてるか当ててみろよ」 「フン、造作もな………………っ!? な、なにを考えているんだ君は! そんな破廉恥な格好でヒメに看護させる気か!」 「弧域くん!? 私になにさせる気よ!?」 「いやあ、その、ナースキャップの着用だけは認めてもいいかなと」 「意味がわからない!」 エルの深い深い溜め息が机の下から漏れた。 本当にアルトレーネ再販が嬉しかったんだろうな。再販プロジェクトではアルトアイネスのみ条件を達成してアルトレーネは見送られたけど、今回の再販はそれだけディオーネに要望があった、つまりそれだけアルトレーネが望まれたってことだし、絶対に不人気なんかじゃない。 その嬉しさを、何らかの形で表したかったんだろう。 かつて自分達が不人気ではないと、声高に叫んだように。 「ごめんなエル、今日は神姫センターに行ってバトルしたかったんだよな」 「…………」 「俺だって記念にバトルして、エルが強い神姫相手に勝って、二人で再販と勝利の喜びを味わいたかったぜ。俺はビールとか大っ嫌いだけどさ、今日だけは電気ブラン以外の酒もがぶ飲みできそうだ」 「……マスターを動けなくしちゃったのは私です。全部、私のせいなんです……」 はあ……と再び大きく重い溜め息。 ちょっと腰を打ったくらいで動けなくなったのは情けないけど、俺だっていつまでもエルの溜め息を聞いてやれるほど心が広いわけじゃない。 「勘違いしてないかエル。バトルは神姫センターでしなきゃいけないって決まりはないんだぜ」 「でも、このあたりでバトルできる一番近い場所が電車で二駅のあの神姫センターです。それ以前にマスターは起き上がることだって……」 「そういうことじゃなくてだな。神姫の強度は並じゃないからな、案外どんな場所でも戦えたりするぞ。たぶん」 ニーキだけは俺の言いたいことを早いうちに理解して、やれやれと首を振った。なんだかんだ言われるだろうけど、バトルには付き合ってくれるだろう。ニーキはこれでかなり付き合いのいい奴なのだ。 「どんなステージでも戦いますけど、その筐体が無いと――――あ、もしかして」 「そう、そのもしかしてだ。ニーキも付き合ってくれるよな」 「君や姫乃に怪我をさせてしまう可能性がある。物が壊れたらどうする。片付けは誰がやる。近所に知られて騒ぎになったらどうする」 「全部そうならないよう頑張ってくれ。エルとニーキならできるだろ?」 「はいっ!」 「はあ……」 「どういうこと? 弧域くんはこの部屋どころかベッドからも出られない、のに?」 やはりというか、わざとそうしたというか、姫乃だけが一人置いてけぼりになっていた。姫乃は漫画で非常に重宝されるタイプだな。意味不明な能力や黒幕の正体を解説するキッカケになってくれてすごく助かる。 でも今回はそんなに難しいことじゃないしニーキの台詞もあって分かりやすいと思うんだけどな、と自分の彼女の鈍さが心配になってきた。 とはいえ姫乃に解説をしてやるのは隣に立つ俺の役目だ。大した能力もないくせに異能バトルに巻き込まれるよりは、そのバトルを遠くから眺めて解説役に徹するほうがいいだろうし。 「ベッドから出られないのなら、寝転がったまま見える場所で二人にバトルしてもらえばいい。今回のバトルステージは “この部屋” だ」 「 !? 」 目をまん丸にして姫乃はいっそわざとらしいくらい驚いてくれた。 うむ、今日も俺の彼女はかわいい。 一旦姫乃の部屋に戻ったニーキが装備してきた武装は、というか武装と呼んでいいのか、真っ黒の学ランを着ていた。クールなストラーフ型によく似合うと思う。 学ラン主人公が姫乃の最近のトレンドらしくここのところニーキはこの服ばかり着ている。でも俺の中にはさっきまで呼んでいた漫画の影響で 学ラン=気持ち悪い男 という図式が出来上がってしまっていた。というか、この賭けバトルもその男の台詞からの発想である。 いや、発想ではなく丸パクリだった。 ニーキが勝てば、俺は姫乃の言うことをなんでも1つだけ聞く。 エルが勝てば、姫乃は裸エプロン。 「おまかせ下さいマスター! 必ずやニーキ姉さんを打ち負かし、姫乃さんの恥じらう姿をご覧頂きましょう!」 「なんでそんなにヤル気なの!? 目を覚ましてエル、弧域くんに変なことに利用されてるのよ!」 「変なことだろうと変態的なことだろうと私はマスターのために戦うだけです」 「キメ顔で言わないでよ全然かっこよくないからね!? ニーキも何か言ってよ!」 「心配するなヒメ。私が負けると思うのか」 「そ、それは……でも……」 「万が一私が負けても、ヒメが多少恥ずかしい思いをするだけだ」 「こんなの絶対おかしいよ!」 一人異を唱える姫乃をまた置いてけぼりにして、エルとニーキは机の上で対峙する。 エルの装備はいつも通り、鉛色のロングコートに、両脚には無骨な白い強化パーツ。両手に持つ二振りの大剣をゆったりと構えている。 対するニーキは何も持たず、構えを取るわけでもなく、半身になって立っているだけだ。小道具はすべて学ランの下に隠している。 バトルを繰り返すことでエルが【スピード】に特化していったように、ニーキは【不可解さ】に特化していった。俺がエルと出会って最初に挑んだバトルでニーキが見せた『認識できない移動』は一度はエルが破ったものの、ニーキはそこからさらに発展させて今やレーダーにすら映らなくなり、そんな贅沢品を持たないエルが頼る直感さえも狂わせてしまう。 どういう仕組かをニーキは教えてくれず、その能力は謎に包まれたままだ。かっこよくて羨ましい。健全な大多数の男子が憧れるように、俺もそういう素敵な能力を持ってみたい。学園異能バトルの当事者になってみたい。 「余計なことを考えるのは後にしてくれ。弧域、バトルの合図を」 特段構えているわけではなくても(そしてこんな不真面目なバトルであっても)ニーキの張り詰めた糸のような緊張は感じられる。ニーキだけでなくエルもそうだ。大剣を握る手に必要以上に力が入っている。立ち回りにミスを許されない二人の戦法上、必然的にこの二人のバトル開始前は息苦しいものになってしまう。 「どういうこと?」 ナイス聞き役だ姫乃。 「神姫バトルって単純に火力や防御力が高ければいいってこともあるけどさ、基本的に立ち回りが重要になるんだよ。悪い例だけど、初心者狩りばっかりやってるシケた神姫のほとんどが飛行できるんだ。なんでかって、戦い慣れてない神姫が空を飛び回る奴に攻撃を当てられるわけがないし、ほぼ全方位から来る攻撃を避けられるわけがないだろ」 「うーん」 「極論、相手の攻撃が当たらず自分の攻撃だけが当たる位置に立ってさえいれば負けようがないよな。実際は相手も動くからそんなことは不可能だろうけど、お互いが動く中でベストポジションを見極めてそこに立たなきゃいけない。そこを見極め損ねた瞬間、相手が有利な位置に来て攻撃されるからな」 「うむむむむん」 「そしてエルとニーキは種類こそ違っても移動に重点を置いていて、それをミスした時にカバーできるだけの火力も防御力も無いだろ。だからミスできない。相手のミスを見逃せない。そんなわけで緊張しちゃうってわけだ」 「……えっと、つまり失敗しちゃいけない、ってこと?」 今のは話が長くなってしまった俺が悪いんだろうか。それとも理解してくれなさすぎる姫乃が悪いんだろうか。 「その『つまり』にどれだけの理解が詰め込まれてるか知らないけど、まあ実際に見たほうが早いな。それじゃ待たせたなエル、ニーキ。いくぜ――」 静かに対峙する二人は気持ち腰を落とした。 二人の頭の中では俺と姫乃のいるベッド以外の場所を足場と捉えている。往慣れたこの場所でどんなバトルが見られるのか、楽しみにしているのは俺だけじゃない。 エルも、ニーキも、薄く笑みを浮かべていた。 「レディ、ゴー!」 同時、エルは机を叩く音を残して、ニーキは気配を残して、その場から消えた。 「こ、弧域くん、さっき見れば分かるって言ってたけど、これじゃ見れなひゃっ!?」 ベッドの隣のクローゼットに剣が叩きつけられる音に驚いた姫乃が頭を抱えた。 確かにニーキがいたその場所に剣を振ったエルは目の前でニーキが消えようと驚くこともなく、周囲に目もくれずクローゼットを駆け上がった。直後、“背後にいた”ニーキがエルを追うようにマシンピストルによるフルオートを放つ。しかし既に高く駆け上がっていたエルには当たらなかった。無闇にクローゼットを傷つけただけである。 「姫乃は主にニーキに目がいくだろ。でもニーキが動くと絶対に見失うから、むしろ相手の神姫を見たほうが分かりやすくなるぞ」 「エルも早すぎて全然分かんないんだけど」 「じゃあもうアレだ。二人とも瞬間移動してるって考えたらいいんじゃないか」 「ああ、なるほどね。そうしてみる」 自分の能力を理解してくれない姫乃がマスターだと、ニーキはさぞ戦い甲斐が無いことだろう。かといって俺もニーキの移動法の仕組みを知っているわけじゃないけど。 でも確かにエル対ニーキの初バトルの時よりも二人のバトルスピードは格段に上がっていて、もはや別世界と言っても過言ではない。エルは単純に速度が向上していて、ニーキは神出鬼没さが増している。それに加えてバトルの経験値も多く積んだ彼女達の戦闘はもはやケチのつけようもないものだった。 「そこですっ!」 何もない場所にエルが斬り込んだ――かに見えたがそこには確かにニーキがいて、咄嗟に突き出されたマシンピストルごと斬り払った。 「くっ!」 「ニーキ姉さんのパターンもちょっとずつ読めてきましたよ。次はこっちです!」 斬られた直後にニーキが姿を消しても慌てることなく、エルはさらに畳み掛けて右のほうに剣を振った。ニーキのトリッキーな動きに騙されそうになるが機動力はあくまで平凡だから、姿を消したとしてもそれほど遠くへ移動しているわけではない。だからパターンさえ読んでしまえばニーキ攻略は難しい話じゃないのだ。 ……一昔前のニーキ相手ならば、確かにそれは有効だった。 「えっ……!?」 エルの右に現れたニーキを、エルは確かに斬った。だがそのニーキはダメージを負うでもなく、剣をすり抜けてフッと消えてしまった。 「どうした、私の幻影でも見えたか」 こつん、とエルの後頭部に黒い棒が押し付けられた。 「次に会ったら言っておいてくれ。『囮役ご苦労』とな」 ニーキのハンドガンが火を噴くギリギリ前、エルは頭を体ごと投げ出すように倒して辛うじて射撃を躱した。 倒れかけたエルにニーキがハンドガンを向けるが、ニーキが引き金を引くより先にエルは剣を床に叩きつけてニーキから離れた。 「分身とか忍者ですかニーキ姉さんは! 実はストラーフ型じゃなくてフブキ型なんじゃないですか」 「正真正銘、私は悪魔型だ。それと気をつけるんだなエル。そっちは――」 エルが離脱した先は本棚だった。最上段一列には教科書やノートが並べているが、それ以外は漫画で埋まってしまっていて、入りきらなかった漫画を棚の前に山積みしている。さっきまで読んでいた漫画も山の一部になっている。 漫画の山の麓まで逃れたエルは、恐らく、ニーキが仕掛けたトラップのスイッチを起動したのだろう。 「――そっちは本が崩れて危ないぞ」 ドサドサと音を立てて本の雪崩がエルを飲み込んだ。 これこそがニーキが持つ【不可解さ】の真骨頂だ。 いくら科学が発達したからといって自分の分身を気軽に作り出せるなんて聞いたことがないし、ニーキは今まで一度も分身だか残像だかを作り出したことはなかった。ニーキは「必要だったから分身した」と言うだろう。 エルがニーキの射撃を回避し、逃げた先に丁度罠を仕掛けておくなんてことができるだろうか。ニーキは「エルが逃げた場所に罠があった、それだけだ」と言うだろう。 認識されない移動をベースに、ニーキは不可解なほど自分に都合の良い状況を作り出しては相手を追い詰めていく。 まるで持ち駒を無限に用意した将棋のように。 まるでクイーンのようにポーンを動かせるチェスのように。 「そう、ニーキの能力こそまさに……『デビルワールド!』」 「勝手にセンスの無い名前を付けるな」 冷静につっ込まれた。ニーキだって自分の技にアレな名前付けてるくせに。 「言っておくがな、私の技に名前を付けているのはヒメだぞ」 「ちょ、ちょっとニーキ! それは言わない約そ……ち、違うのよ弧域くん? ほら、あれよ、きっと聞き間違いよ」 「ふ~~ん」 「…………」 「『 血 風 懺 悔 』」 「イヤッ! 言わないで!」 「『 夢 想 指 揮 ・ 護 姫 』」 「やめて恥ずかしくて死ぬっ!」 「『 十 三 回 旋 黒 猫 輪 舞 曲 』」 「いっそ殺してええええええええっ!」 「恥ずかしがるような技名を私に使わせないでくれ……」 いや、俺もカッコイイ名前は悪くないと思う。学園異能バトルならばやっぱり、ちょっと小洒落た技を持っていて然るべきだろうし。そういう意味でニーキは見た目も能力も漫画の登場キャラとして相応しい(敵か味方かはともかく)。 でも忘れないでほしい。 そういう小難しい技を打ち破るのはいつだって単純な技だったりすることを。 例えば、そう。 本の雪崩が殺到する瞬間に離脱できるほどの超スピードの前では、小細工なんて全くの無意味だ。 「技の名前が気に入らないならさ、参考例を聞いて考え直してみろよ――エル、言ってやれ」 「『紅魔――』」 武装やトレーニングで強化するといったレベルを超えた能力を持つニーキだが、その代わり、というわけではないが、普通の神姫ならば誰もが持つ特性を持っていない。そしてそれが決定的な弱点になってしまっている。 「弱点? どういうこと?」 「聞き役ありがとう姫乃。でも今は勝負中だからな、簡潔に言うぜ」 本棚の頂上を蹴りニーキに向かって超スピードで突進する鉛色の弾丸。 呑気に俺や姫乃と会話していたニーキは慌てて姿を消すが、もう遅い。 「ニーキにはさ、第三の目になってくれるマスターがいないんだよ、姫乃」 「『 ス カ ー レ ッ ト デ ビ ル ! 』」 「あ、メルですか? お姉ちゃんで――――うんうん、ありがとうございますっ! ついに姉妹揃って再販ですね! ――発売日ですか? そこまで贅沢は言いません。発売はまだまだ先ですけど、今工場で眠っているアルトレーネ達が優しいオーナーに出会える日を楽しみにしています! ――――――第三次戦乙女戦争? えっ、それはどういう――――ふんふん――――な、なんですかそれ!? そんなの許せません! 今すぐオーメストラーダに電凸を――――もう解決? またコタマ姉さんですか。ん? マシロさん、ですか。聞いたことない名前ですね。――ああ、コタマ姉さんのお姉さんですか、それなら納得です。それよりメル、今マスターの部屋の流し台の前に姫乃さんが立ってるんですけどね、どんな格好してると思います? ――――いい勘してますね、そのまさかです! ――ナースキャップ? そういえばマスターもそんなことを言ってましたけど、どういうことですか?」 「ちょ、ちょっとエル!? なにしゃべってるのよ!」 身体を隠すように縮こまった姫乃が流しから戻ってきて、エルが話していた携帯電話を奪い取った。 腕二本だけでは隠そうにも限界があり、またエプロンが必要最低限の布面積のものしかなかったため、どうしても隠し切れない場所というのが出てくる。 それは例えば、肩紐からストンとほぼ垂直に落ちる布の隙間からだったり。 それは例えば、料理とは前を向いて行うものでありカバーする必要の無い背後だったり。 実に。 実に眼福である。 もう俺は死んでもいいんじゃなかろうか、とさっき口に出したところ「そうすべきだ。君はさっさと死ね」と割とキツい捨て台詞を残してニーキは姫乃の部屋に帰っていった。 さっきの負け方がよほど悔しかったらしい。 「メル? 今エルが言ったことは全部デタラメだからね――――嘘! 全然分かってないでしょ! お願いだから貞方くんには――――――怒るよ? ――――――うん、ホントにしゃべっちゃ駄目だからね。約束よ、いい? ――うん、ありがとう。それじゃあね、はーい」 半ば強引に通話を切ったらしい姫乃は携帯をエルに返して、俺に凝視されていることに気付いた。 「あ、あんまりジロジロ見ないでよ……」 「なに言ってんだ。ジロジロ見なきゃ裸エプロンの意味が無いだろ」 この男のロマンをまさか実現できる日が来ようとは、いや実は姫乃が正式に俺の彼女になってくれた時点で期待はしていたわけだけど、こうしてリアルで目の当たりにできたとなるとその感慨もひとしおだ。 王道の学園異能バトルもいいけど、やっぱりちょいエロを含んだラブコメも外せないな。ただし絶対領域が僅かに解放されてるから少年誌には載せられないけど。 くそっ、未だズキズキ痛む腰が恨めしい。立ち上がることができたらキャベツを刻む姫乃の背後にまわってエプロンの隙間に手を差し込めるってのに。 「あっち向いててよぉ。料理してると手が塞がっちゃうから隠せないじゃない」 「隠せないのなら隠さなければいいじゃない」 「そ、それじゃただの痴女じゃない! あくまで弧域くんにやらされてるんだからね! それに私の身体なんて見ても面白くない、でしょ?」 「全然そんなことないぜ。具体的に言おうか、上から順に鎖骨――」 「言わなくていいから! ……もう、分かったから、せめてそんなに目を大きくして見ないでよね」 そう言って前を隠したまま流し台までバックで移動して、しばらくそのまま俺と見つめ合い固まったままだったが、意を決したのかクルリと流し台のほうを向き、再び料理に取り掛かった。 美桃! 「はあ……なんだか私はお邪魔みたいですね」 姫乃に通話を切られたエルはやれやれ、と携帯を置いて玄関へ向かった。 エルのおかげで男のロマンを叶えることができたという男として最低の事実が、今更になって罪悪感として重くのしかかってきた。 「私も姫乃さんの部屋に行ってます。終わったら呼んでください」 料理中の姫乃の下を通り過ぎ 「こ、コラっ! 下から覗き込まないでっ!」 玄関を自力で開けて出ていってしまった。 俺の部屋で、姫乃とふたりっきりになった。 裸エプロンとふたりっきりになってしまった。 包丁がまな板を叩く音と電気コンロの上で水が沸騰する音だけが聞こえてくる。 「えーと……母さんや、今日の晩飯はなに?」 何となく気まずくなったこの雰囲気をごまかしたかったのだが、姫乃は返事をしてくれずに野菜を切る手を止めた。 玄関の外から隣室の扉が閉まる音が聞こえてきた。 「な、なあ母さんや。晩飯……」 包丁を置いてゆっくりとこちらを向いた姫乃は、口を開いた。手は身体を隠さずに。 「今更聞くのもなんだけど……晩ご飯、何がいい?」 「えっ? そ、そうだな。母さんの作るものなら何でもいいよ」 「コレが食べたい、とか言ってくれないと、献立を考えるのって結構大変なんだからね」 「ご、ごめん」 電気コンロを止めて、姫乃はベッドに歩み寄ってきた。僅かに上気した頬が艶かしい。 「じゃあ、3つの中から好きなのを選んでね。1番、肉じゃが。2番、オムレツ。3番――私」 「…………」 「にはは。せっかくだから言ってみたけど、本当の夫婦ってこんなこと、言うの、かな。ん~恥ずかし~!」 「――3番」 「ん?」 「3番でお願いします」 思わず敬語になってしまった。 ここで1番や2番を選ぶ男は漢じゃない! 「い、いやいや弧域くん、さっきのは」 「俺の食べたいものを言って欲しいんだろ。3番」 「そ、そうは言ったけど、でも今は料理中だし……」 「栄養はいつでも補給できるけど、今は姫乃分を摂取したい。だから3番――姫乃を食べたい」 「…………そんなに、食べ、たいの?」 俺が頷くと、姫乃はさらに顔を真っ赤にしてベッドに腰掛けた。 姫乃を真横から見る位置になって、エプロンの絶対領域が完全に解放された。 裸エプロンを最初に考えた紳士は間違い無く天災的な天才だ。見慣れたはずの薄い胸とエプロンに触れている先端に、俺はこれほどまでに目を奪われてしまっている。 「でも腰、痛くないの?」 「腰が使えないのなら使わなければいいじゃない」 「さっきからどうしてアントワネットなのよ」 ビバ☆ラブコメ! 今もし二次元の神様が現れて異能バトルができるだけの力を与えてくれると言ったならば、俺は迷わず 「そんなことはいいから朝の曲がり角で食パン咥えた可愛い転校生とぶつからせてくれ」 と頼むね。 いや、違うか。 俺はハーレムって柄じゃないし、姫乃一人とずっとイチャイチャしていればいいや。 少年誌のラブコメのような八方美人なんて良くないに決まってる。 攻略するのは、姫乃一人で十分だ。 祝 ☆ ア ル ト レ ー ネ 再 販 ! おめでとうございます! これで多くのレーネ難民が救われることでしょう! 躊躇うことなくポチりました! 既にエルが一体ウチにいますが、そんなことは瑣末なことです。 一体いるのなら、もう一体お迎えすればいいじゃない。 名前はもう『アマティ』で決定しています。 ああアマティよ、早くその可愛いお顔を見せておくれ。 武装をせずに何が武装神姫か、とは思うわけですが、バトルをするなら少しくらい超科学的な能力があってもいいんじゃないかと思う今日このごろです。 全身がゴムでできた神姫素体とか。 13kmまで伸ばせるビームサーベルとか。 美味しいヂェリーを飲む毎に強くなる神姫とか。 いっそ素体の中に九尾を封印しちゃったり。 もういっそすべてをなかったことにしてしまったり。 まあ、どんな能力も裸エプロンの前では霞んでしまいますが。 15cm程度の死闘トップへ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/104.html
第5話「白子とご主人様の戦闘準備」 「ご主人様にお願いがあります」 三人でのんびりくつろいでいたとき、白子が妙にかしこまって俺に声をかけた 「ん? なんだ? 改まって」 「実は私…。バトルに、参加してみたいんです!」 「ぎゃにぃい!?」 「し、白ちゃん!?」 まさか、こんな事を言うとは… 「黒ちゃんが毎日うなされてて、私たちにはどうすればいいのか分からない…」 「それは俺だって考えている。でも…」 「そんな、だって…。白ちゃんまで怖い目にあうこと無い!」 あわてて止めようとする俺達二人を白子はかぶりを振って静止する 「一杯、考えたんです。…私も、一度戦場に行ってみたら…何か分かるかも…」 白子が一瞬うつむくが、すぐに凛と顔を上げ 「もう、決めたんです」 その表情を見て、俺も黒子も、白子の説得は不可能だと察した しばし沈黙が流れ、やがて意を決したように 「ボクも、出る!」 「黒ちゃん!?」 「ボクが原因なのに、白ちゃんばっかりにやらせることなんてできない!」 俺は頭痛を感じたが、戦場の恐ろしさに立ち向かうことで黒子のトラウマも軽減されるかもしれない そう思えば、俺に出来ることはたくさんある 「タッグマッチの部門もある。二人ペアで参加するのがいいだろう」 「ご主人様…!」 白子がとがめるような声を出す。過保護な部分がある彼女は黒子を止めるべきだと考えているんだろう しかし、俺はそれを黙殺し、 「それと、二人に、新しい名前をつけてあげよう」 「ご主人様?」 「え? なんで?」 「せっかく試合に出ると決めたんだ。それなのに白子黒子じゃあまりにおざなりだろ?」 「あ、やっぱり自覚あったんですね…」 「じゃあ、ご主人様はボクが試合に出るのに賛成してくれるんだ!」 「ああ、いずれこういう日がくるかもと思って考えていた名前があるんだが、…マリンとアニタってのでどうだ? 白子がマリンで、黒子がアニタだ」 「マリンと、アニタ…ですか」 「いい名前です! 気に入りました!」 「そうか、気に入ってくれたか…。なら、お前達が史上最強の神姫として君臨できるような武装も用意せねばならんな…」 「は?」 「えっと?」 「クククク、待っていろ二人とも、俺が持つすべての技術を結集して究極の装備を開発して見せるぞ! フフフフフ、ハァーッハッハッハッハッ!」 「ご主人様!?」 「き、気を確かにしてください!」 なんか二人が心配していたが、俺は体中にやる気とアイデアが満ち溢れるのを感じていた ―――次の日の夜 「う~、ご主人様遅い…」 いつに無く落ち着きが無い白ちゃん…じゃなかったマリンちゃん 確かにちょっと遅いけど、まだ電車一つ分くらいしか遅れてない 「マリンちゃん…探しにいっちゃだめだよ」 ボクは面白くなって、ちょっと意地悪な声を出しちゃう それにマリンちゃんがぷぅ、と頬を膨らましてちょっと怒ったような声を出そうとした瞬間 バターーン! という、玄関を蹴り開けるような音が響き、 「ただいまぁ!!」 いつもと比べて異様にパワフルなご主人様の声が響く 昨日はひたすら紙にボクたち用武装ユニットの設計図を書きなぐって一晩明かし、 始発が動き始める時間には「早速上司を説得だ!」とか叫んで家を飛び出していったので非常に不安だったけど、一日中ハイテンションは続いたようだ 「マリン! アニタ! 所長を説得して、スポンサー契約を取り付けたぞ! これでうちの研究所が総力を上げてお前たちのバックアップを行う体制になった!」 急な展開に思わず呆れるボク。マリンちゃんは一瞬ふらついたが、すぐに気を取り直してご主人様に噛み付く 「何でいきなりそこまで話が大きくなってるんですか!?」 そんな言葉をご主人様は全く無視してまくし立てる 「二人のための武装も、マリンのは4日後、アニタのも8日でロールアウト予定だ」 完全新規設計の武装ユニットをたった4日で…。でも 「ボクのは後なの?」 「ああ、それだけでなく、マリンのはサード基準、アニタのはセカンド基準の出力になっているから、セカンド昇格まではマリン一人で戦ってもらう」 「ど、どうしてですか?」 「マリンちゃんだけ戦わせるなんて…!?」 「厳しいことだが、これはスポンサー契約の条件の一つだからどうにもならんことだ。ついでに3ヶ月以内にセカンドに昇格できなければスポンサー契約は打ち切られる」 「たったの?」 「一人でやるのに、それは短いよ!」 あまりに無茶な条件にボクは大声を出してしまう 「大丈夫、サードからセカンドに上がった最短レコードは1週間だ。まあ、シングルで、八百長試合の噂が耐えない奴だったが…。それに比べれば競技人口の少ないタッグなら3ヶ月くらいでいける、かもしれない」 「でも一人でなんて!」 「まって、アニタちゃん…。いいの、私やる。ご主人様が出来るって言ってるんだから、それを信じる」 「マリンちゃん…? だって戦うのって危ないんだよ! 怖いんだよ!」 「わかってる。でも、怖いものから逃げちゃ駄目なの。アニタちゃんもそれに立ち向かうって決めたんでしょ?」 「マリンちゃん…」 「大丈夫、サードはヴァーチャルが基本だから、危険は無い、はず」 無責任な事を言うご主人様 「ご主人様…!」 ボクは思わず咎めるような声を出してしまう。でもマリンちゃんはそれを制して 「アニタちゃん、ご主人様を信じられないの?」 「そうじゃないけど…!」 「そうだ、俺を信じろ。俺の何よりも誇れることは、技術力だ。この世の何よりもな」 そう力強く宣言するご主人様。ボクは長らく黙っていたけど 「…はい」 と頷くしかできなかった 「とりあえず、武装データは先行して完成させてきたから、これでヴァーチャルトレーニングできるぞ」 といって、押入れから訓練機を引っ張り出してくるご主人様。そんなの持ってたんですね… 「それと、これもだ。昔、知り合いの研ぎ師に遊び半分で作らせたものだが、本物の業物だ。これも信頼しろ。俺の次にな」 そういって取り出したのは二振りずつのナイフとマチェットだった。鈍く輝き、見るからに鋭そうな… 「これは…?」 「作ったのは俺じゃないが、設計自体は俺がした。製法も素材もこだわってあるから、硬度も切れ味も並じゃないぞ」 「ご主人様…、本当はボク達にバトルさせたかったの?」 「まあ、そういう気持ちも無くは無かったが、バトルにはあまり興味ないといわれて諦めていたよ」 そういって笑ったご主人様。いつも以上に生き生きしているように見えるけど気のせいだと思っておこう 「とりあえず、俺は出来る事をすべてやった。後はお前達に任せるよ」 「はーい!」 「ご期待に沿えるよう努力します!」 誤配送のときには感じなかった、ゆっくりと温まっていく高揚感。戦うのは怖いけど、ご主人様とマリンちゃんが一緒なら大丈夫 そんな気持ちがボクの心の奥底から湧き上がってくる。やっぱり、ボクも武装神姫なんだ… その夜、久しぶりに、ボクは悪夢を見なかった 続く
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/879.html
「…見たトコバッテリー切れだな。一応ちまちま充電した形跡はあるが、満充電まではしてないね。おおかた古い型式のクレイドル使ってたんだろうさ。」 ホビーショップ『165-DIVISION』。 中央線沿線でありながら、イマイチ開発が行き届いていない某駅の南口の古いビルの地下にその店を構える、武装神姫中心のダーク系ショップだ。 大して広くも無い店の中は壁から床から真っ黒に塗られ、時々返り血を模したものか真っ赤な塗料をブチ撒けてある。 商品にしても、これまた隅から隅まで店オリジナルと思しきオノだ鉈だチェーンソーだスパイク付き首輪だ(しかも全てご丁寧に返り血ペイント付き)と、アングラ系アクセサリーで満載。 それも全てが神姫向けだというのだから呆れるというか徹底しているというか。 ……まぁよく見れば正規部品も半々ぐらい置いてあるので、一般客も考慮はしてるんだろうが。 これで実は公式公認店舗なんだという。 入り口には蜘蛛の巣やらドクロやらのステッカーに混じって、公式小売店舗を示すラベルが燦然と浮いていた。 なんでも秋葉原の専門店や、その筋じゃ有名なコギトだかエルゴだかいうホビーショップに比べれば規模は小さいものの、そこそこのバトルスペースまで確保しているってんだから驚きだ。 …一体どこにそんな金があったのやら… そして目の前では、カウンター越しにオーナー兼店主である高校時代の友人がこっちをジト目で睨んでいた。 片目に刀傷みたいな珍妙なメイク。服のあらゆる所にチェーンだのリベットだのじゃらじゃらつけたその姿は一種異様で、当時の真面目そうな雰囲気はカケラも残っちゃいなかったが。 「…で、慎。十年ぶりの再会だっつのに、挨拶もそこそこに「神姫直せ」てのはいくらなんでも酷くない?しかも営業時間外だぜ?」 「……あぁ。悪かった。スマンな縁遠。」 俺のあんまりといえばあんまりな返しに、友人…縁遠は溜息をついて苦笑した。 「まぁキミらしいっちゃらしいけどさ。とりあえずあの子だったら大丈夫だよ。中途半端な充電繰り返したせいで電池ヘタってただけだと思うから。」 当時から変わらずこっち方面の腕は確かなようだ。見た目はどうあれ、専門ショップを開いているのは伊達じゃないらしい。 「あとは…ホコリとかで結構汚れていたからクリーニングしてあげて、新しい電池に換えてきちんと充電してあげれば問題はないよ。…それで、こっから本題なんだけどさ。」 来た。握った手に嫌な汗を感じる。 「あの子はキミの神姫じゃないな?どこで拾った?」 縁遠はまっすぐにこっちを見た。 そこだけは昔と変わらない、澄んだ目をしていた。 「…実はな」 ここで俺は、サムライに逢ってからの事を包み隠さず話した。 そして、一つの頼み事も。 「……そりゃ本気で言ってんの?」 「冗談で言えるかこんなこと。実際、お前くらいしか頼れないんだよ。」 しばし睨み合い。 最初に目線を外したのは縁遠だった。 「わぁかったよ頑固モノ。できる範囲でやってやるさ。」 「……済まない。」 「でも、僕ができる事は調べるだけだ。そっから先は関与しない。いいね?」 「ああ。」 …と、一息ついたら腹が鳴った。 そういや晩飯食ってなかったなぁ… 「飯も食わずに来たのか。」 「うっせーよ笑うな。」 「まぁちょっと待ってな…ドリュー、ステーシー、お茶ー」 縁遠が呼ぶと、カウンターの奥の方からかたかたと…紅茶とスコーンを持った神姫が二体出てきた。 片っぽは浩子サンのモモコと同じゾンビ型。 もう片っぽは、ゾンビ型と同時に発売されたという処刑人型だ。 ゾンビ型同様ビジュアル面での問題があり、全くと言っていいほど出回らなかったという。 …こうもちょくちょく見かけるんじゃ、レアリティもクソもないんだがな。 店の雰囲気にやたらマッチした二体は、ゾンビ型の『ステーシー』は縁遠へ。処刑人型の『ドリュー』は俺の方へと背中につけた大きな腕で、器用にお茶の準備をした。 店の雰囲気にまるで合わない、上品なティーカップの中身を一口すする。美味い。 一応礼を言うとドリューは照れたのか、頭につけたホッケーマスクを目深に被って、ギギギだかゲゲゲだか金属を擦り合わせたみたいな音を立てた。 ……やっぱり笑ってんだろうかコレは。 「どうだ、可愛いだろ?」 カカカカカと笑うステーシーを前に、心底得意げに言う縁遠。 …すまん。やっぱ俺にはよく解らん。 その後、サムライの処置が一通り終わる頃には終電も過ぎ。 おまけに「遅ればせながら開店祝いだー!」とか喚く縁遠にしょっ引かれて、朝まで飲むハメになる。 まぁ久々に会ったことには違いないので、なんだかんだで日が昇るまで飲んで語り明かした。 翌朝。調べがついたら連絡するというので、俺はサムライと充電用クレイドルを持ち家へ帰った。 …ちなみに言うまでも無く、補修代及びクレイドル代はしっかり取られたが。商売人め。 --- 「……ん?」 「お、起きたか。どっか痛いとことか動ないとこむぐゃ」 問答無用で蹴られた。 「いきなり何しやが…!」 「なんで助けた。」 硬い口調だった。……まぁ当然か。 「今までだってアタシ一人でやってきたんだ。いつでも野たれ死ぬ覚悟くらいはあった!手前ぇなんぞにお情けもらう謂れは…!」 「だったら俺の前で倒れんじゃねぇよ。」 今度はサムライが黙った。 「…俺はな。お前さんがどこの誰かは知らんし、どこで野たれ死のうが知ったこっちゃねぇさ。」 「………」 「でもな。助けられんのが嫌なら俺の見てる前で倒れんな。目の前で死なれたりしちゃ寝覚めが悪ぃっつーか、飯がマズくなるんだよ。」 「………」 お互い黙り込む。沈黙が痛い。 「……ンだよ。なんか言えよ。」 「偽善者。」 「否定はしねぇ。」 「何様だってんだ。」 「俺様だ。文句あるか。」 「馬鹿だろ手前ぇ。」 「男は大体、馬鹿なモンだ。」 「青瓢箪。」 「職業病だ。」 「唐変木。」 「それがどうした。」 「甲斐性なし。」 「…関係ねぇだろ。」 「種無しカボチャ。」 「ぶっ壊すぞガラクタ!」 また沈黙。 そして、サムライは堪え切れずに吹き出しやがった。 「………くっせぇ台詞。」 「…………うっせ。笑うな。」 何故か笑うサムライに、耳まで真っ赤になった俺がいた。 ……多分これが一生の不覚ってやつなんだろうか。 エピローグへ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/773.html
第六幕。上幕。 ・・・。 2035年12月31日。千葉峡国神姫研究所。 大晦日の夜も既に更け、除夜の鐘が遠く響こうとする時刻。既に所員たちのほとんどは帰途につき、その研究所も一年を終えようとしていた。 常夜灯以外の電源が落とされた研究所。しかしそんな沈黙が支配する中で、今尚、所長室には明かりが灯っていた。 小幡 紗枝は、彼女の体躯にしてみれば十分に大き目の事務机の前に座り、その目の前に置かれてあるクリアーカバーで蓋をしたケースに静かに視線を向けていた。 幾度と無く、それに手を触れ・・・しかしやがて離し、大きな溜息と共に椅子に深々と座りなおす。 こんな事を、彼女は一週間も続けていた。 その器の中には目を閉じて眠っているような一体の神姫。違う・・・眠っているのではない。そのCSCは二度と起動する事は無く、その瞳は二度と開かれる事は無いのだから・・・。 そう、『死んで』いるのだ。彼女は。 「ゼリス」 小幡は呼びかけると、その年齢相応の皺が刻まれた顔を両手で覆った。 「・・・」 エゴだろうか。 これまで数十体という神姫のボディを、『失敗作』という名目でCSCを埋め込まず、起動さえさせずに分解してきた自分が。 最早『死した』神姫を、かつての自分のパートナーであるという理由だけで・・・それを分解する事を躊躇うとは。生前の彼女がそれを願っていたというのに。いや、だからこそか。何故、彼女がそんな事を、こんなに辛い事を自分に託したのか。それが理解できないまま。 これほどに。自分は未熟であったのか? ゼリスが遺したZFというファイル。そこには、確かに彼女からのメッセージが込められていた。『自分のボディを分解してほしい』と。『娘たちに、それを受け継いで欲しい』と。 だが、果たしてそれを、簡単に受け入れる事が出来るだろうか? 貴女の『心』を、最後まで・・・私は見る事が出来なかったの? 目をやれば、変わらず。口元に静かな笑みさえ湛えて彼女は永眠についている。美しい翠の髪も。草色のスーツラインも何も変わらない。その合成樹脂によって作られた体を横たえ、昏々と眠り続けている。 この姿を、この姿を失えと? この姿を、私自身に壊せと? そう言うのですか? そんな事を託すなんて。 いや、かつて、我武者羅に研究に打ち込んでいた自分ならば可能だろう。だけど。今、ここにいるのは。 (貴女のパートナーなのですよ?) 幾度目かの溜息。出来ようか。そのようなことが。 そもそもは、探していたのだ。 彼女たち、神姫という人工の存在が。それでも時折見せる『心』の場所。CSCと呼ばれる多大なブラックボックスを内包した超集積プログラミングシステム。それは、口調や性格のパターンを複雑化し、限界まで叩き込んだ人工AIの一種。 組み合わせさえ選べば、性格、精神年齢さえ自在に変える事が出来る、その技術の結晶たるCSC。だが、時として人が作り上げたプログラムが介入できないレベルにまで神姫は・・・この世に現れてからずっと、明らかな不確定要素的な因子を示していた。 それを、小幡はあえて『心』と呼び、解明を行おうとしていた。 やがて。 言語、通訳。朗読や踊り、歌など。『芸術・文化的要素』を強化した神姫シリーズが発足するにあたり、その一つのタイプ・・・通訳等での活躍が期待される言語・発声能力特化型神姫のプロトタイプを峡国研究所が製作し、小幡自身がそのテスターとして『彼女』を受け取る流れになった。 それまで個人では神姫を迎えた事の無かった小幡にとっての、言うなれば、長く『彼女達』と付き合ってきたにも関わらず、『初めての神姫』。 ようやく完成したタイプナンバーはCRZR-C003。プロトタイプ・・・MMSネームを『クラリネット』と名付けられ、小幡の手に渡った。 心の究明の手伝いにもなるだろうと、軽い気持ちでそれを引き受けると。彼女はCSCを生まれて初めて、自分の手でボディにセットした。 そして。その銀の眼を、ゆっくりと開けた神姫が最初に行った行動は。 CSCに基本として導入されているはずのマスター初期確認でもなく、ネーミングのセッティングでもなく。また、自身のコードナンバーを読み上げる事でもなく。 微笑みを・・・優しく浮かべる事だった。 『はじめまして、マスター』 美しい声でそう言って。 小幡の中で、それまで積み上げてきた全てが崩壊していくと同時に。何かが大量に流れ込んできて。意味も解らず、突如としてぽろぽろと涙を流しはじめた彼女を、慌てて『ゼリス』は宥めていた。 (・・・それまで。私は常に無機質な世界を見つめていた) 数式とデータによって支配され、怒濤の様に流れていく歴史に取り残されまいと。虚ろな瞳で急くように走り抜けていた。 それがこの世界の法であると信じて。 だが、彼女と出会い。彼女と暮らす事で。時間という風が緩やかになっていく。 相も変わらず忙しい日々。神姫のパーツ開発、また、武装神姫プロジェクトの発足によるテスト武装の試験。 それでも。その風は緩やかに吹いていた。 『風に、憧れます』 そう言った彼女に、風になりたいのかと聞いた事がある。 『いいえ? 風になりたいのではなく。風に憧れるのです』 謎々のような事を言って。ゼリスは笑った。 少し不思議な感覚を有している彼女は、しかし研究所の皆からも愛されていた。 やがて。 第一期武装神姫の武装テスト中、彼女のCSCリンクシステムに異変が発見された。 記憶の消失。どうしようもない欠陥の発覚。 泣きながらも真実を伝える私に。彼女は微笑みかけたのだ。 『・・・とても、とても嬉しいです』 何故? どうしてかと問う私に。 『だって。これだけの想いを、私は受けているのでしょう?』 そう言って、ようやく彼女は静かに泣いた。 想いを『受けている』? 私は、その感覚を理解する事は出来ず、戸惑いと悲しみに打ちひしがれるだけだった。 ・・・。 ふと、涙の温かさを感じ。小幡は顔を上げた。 涙。 そうだ。いつから、私は涙を流せるようになったのだろうか? ただ、灰色で。無機質な日々でしかなかった。彼女に会うまでの、それまでの生きてきた長い日々。 その世界を。風が吹きぬけるように・・・色取り取りの美しい世界にしてくれたのは。他ならぬゼリスだった。 ほんの少しの、ちょっとした事で心が揺れる事を知り、喜ぶ事を覚えたのも。 海を眺め、空を見上げ、移り変わる世界に思いを馳せながら、夢を描く事を知ったのも。 頬を濡らす涙を流す事を教えてくれたのも。 全ては・・・彼女と共に、歩み始めてからではなかったか。 『・・・マスターは』 ふっと、思い出したようにゼリスは銀色の瞳で私を見つめた。 『とても人らしいヒト、ですね』 いつものように謎々のような事を言う彼女。 私は最初から人ですよ? と困ったように問い返した私に。 『えぇ、けど。最近とってもヒトらしいなって、思うんです』 そう言って、イタズラっぽく。彼女は笑った。 「そうですね・・・」 ゼリスと出会い。 「私の方・・・だったのですよね」 『神姫』である彼女に照らされるように、それまで何事にも急き走り続ける事しか出来なかった私が。 「貴女と出会う事で」 ・・・共に生きる事で。 「心と、心が触れ合う事を知りました・・・」 涙がケースに滴り落ちる。 「『心』を生む事が出来たのは、私の方でした」 人である私が。神姫であるゼリスから。 人としての心を貰って。 『人になれた』のだ。 ・・・。 小幡はコンピュータのモニタートップの『ZF』と名付けられたファイルを見つめていた。 ゼリスの言葉。ゼリスの声。ゼリスの姿。全て、そこには宿っている。 そして。遺志さえも。このちっぽけなプログラムの中に。 小さくても。そこには確かに翠色の風が、宿っている。 ・・・。 「翠?」 ふっと。 小幡は、目の前で眠り続けるゼリスの髪に目をやった。美しい髪色は、全く変わることなく艶やかに流れ、その肌は今も生前の美しさを保っている。 「・・・」 瞳が揺れた。 彼女は、ようやく。 その、長きに渡る研究と。自分が抱いてきた謎の解を知った。 (『違う』) 人ならば既に、色も何もかも変わっているだろう。 その身は荼毘に伏され、美しい姿を残す事も無く、今は写真を眺めるくらいしか出来ないだろう。 彼女達は人ではない。神姫だ。それは解っていた。それは理解していた。 だが、いつから? いつから勘違いをしていたのか? その体は人工の物。作り出された美しい樹脂の結晶。 そして・・・その『心』もまた、『人間に似せられて人工的に作られている』と。そう信じてしまっていた。それは間違ってはいない。CSC、ヘッドコア、ボディユニット。 全ては人が生み出し、人が作り上げた存在である。 だが・・・だが、それでも? それでも、彼女たちの心を人が作ったと言えるのか!? 「違う・・・」 今度は口をついて出た、その言葉。 神姫は。 『神姫の心を有している』。 『心』を解明しようと。その心が生まれる瞬間を知ろうと。彼女を迎えた時には。 『神姫の心』を、『ヒトの心のミニチュア』としか考えず。彼女はいつしか・・・ただ、その既に出ていると思った結論を受け入れようとして、それをただ科学的に証明しようとしていただけだったのだ。 人の心を元に。神姫の心があると信じていた。 「そうではない・・・そうですね?」 答えぬパートナーに、小さく笑いかける。何と愚かなマスターだろう。そのような事は、貴女がずっと。ずっと伝えてくれていたのに。 『神姫には。神姫としての。ツクリモノではない。確かな心がある』。 小幡は後悔の涙を流した。 「許してください・・・ゼリス」 私はずっと、『人の心』の尺で全く違う存在を計ろうとしていたのだ。どれほど、心の解釈を彼女に押し付けただろう。 「貴女は・・・全てを知っていたのでしょうね」 ゼリスは、それらを神姫の心で受け止め、そして。それこそ命尽きるまで答えてくれていたのだ。 だとすれば。 「・・・」 彼女の遺志。それもまた・・・人の心では計れぬ行為なのか? 「貴女は・・・『神姫』として、何をしようとしているのですか?」 問いかけ、その心に想いを馳せる・・・。 その遺志は、彼女の・・・『自分を残す事』。 小幡の動きが止まった。浮かべていた哀しい笑みが震えるように崩れ、目が見開き、驚愕の面持ちに変わっていく。 「まさか・・・」 それは。神姫である彼女であればこその。 『継承的行為』。 「あ・・・あぁっ・・・?」 小幡はケースを、震える、その少し節くれだった手で抱き上げた。少し揺れ、中のボディがカタリと壁にぶつかった。 「・・・貴女は・・・!」 眠り続けるパートナーは静かな微笑を湛えている。 人は死して名を残すという。子を残し、身体は自然に帰し、いつしか大地に戻る事が出来る。 ・・・神姫は。作られた体の神姫は。その身体を残す事しか出来ない。その美しい、姿だけは残さんとする。 愛してくれた主の為に、大切にしてくれたマスターの為に。彼女達はたくさんの思い出が詰まった身体を残すだろう。 「・・・そう」 『身体しか残せない』のだ。 彼女達はそれ以外に、それこそ何も抱かずに生まれてくるのだから。母も父も、子も無く。ただ、生まれてくるのだ。 自分が自分であったという証拠。それさえも。貴女は。後の神姫に、渡してくれと。 『そんなに驚いた顔をしないでください。ずっと前から決めていました』 ・・・。 その決断を下して。どれほどの恐怖と戦いましたか? 死した後、自分の身体が切り刻まれる事への恐ろしさは、人の比ではなかったでしょう。 どれほどの哀しみを抱きましたか? 自分が『いなくなる』という事を思い、その小さな身体で、絶たれる未来に・・・どれほどの哀しみを宿したのですか。 どれほどの涙を・・・私達に見せないように流したのですか? それは神姫にとって、『全てを失う』に等しい行為なのに。ただ。『母』として。姿も知らぬ『娘達』に心を込めた身体を贈る事を。 『身体を失っても。マスターや皆さんと一緒に、『心』があります』 ・・・。 小幡は、止め処なく零れ落ちる涙の中。確かにその声を聞いた。 信じていたのだ。科学的に何も実証されず。人間でさえ信じようとする者が少ない、その、掛け替えの無い物。 『心』。 それは。彼女が。 恐らくは世界で始めて、自らの意思で『死す事を選んだ』神姫である彼女が。 誰よりも優しく、妹たちを、娘たちを見つめていた彼女が。 子を為す事も出来ず、自身の未来さえ絶たれた一体の神姫が。辿り着き、望んだ、最後の結論。 彼女に許された唯一の・・・『未来を紡ぐ方法』だったのだ。 ゆっくりと小幡はケースを手に立ち上がった。 「ありがとう・・・」 貴女を作ったのは私。 私の心を生んでくれたのは・・・貴女でした。 返さなくてはならない。この恩を。 私を人にしてくれた貴女へ・・・身を裂かれる様な思いに貫かれても。『人の心』が、苦しいと悲鳴を上げても。 貴女への恩に報いましょう。 未来を、紡ぎましょう。 なおも重い足を、それでも作業場に向ける。 少し疲れたような微笑を浮かべ、ケースを開けて。翠の髪を指先で軽く梳かす。 「受け継ぎましょう・・・」 貴女の、遺志を。 『人としての心』を持つ私が。貴女の『神姫としての心』を・・・受け継ぎます。 母として。友として。 そして・・・『娘』として。 ・・・。 夜が白々と明け始める頃。作業は終了した。銀色の小さなケースを載せた台車を押して、小幡は酷い表情で再び所長室に戻ってきた。 長く息をつき首を振る。想像通り、それは凄まじい精神的苦痛を伴った。心が砕かれるような思いの中。それでも彼女は・・・全てをやり遂げた。 CSCの神経リンクとの硬着。今の規格とは違いすぎる・・・完全な旧式化で使えないパーツ。最早、ほとんどの部分が利用できないと覚悟していたが。それでも少しながら、利用可能な部位を取り外す事が出来た。 銀色の、小さなケースを机に並べていく。 数は僅かに5つだけ。 どんな神姫がこれを受け継ぐのだろう? そんな事を思い、ふっと、小幡は苦笑する。 こんな旧式のパーツ、きっと『いらない』と笑われるだろう。普通に考えれば。 だから、これを受け継ごうとする、受け継ぐ神姫は・・・貴女に似て、少し、変わっているのでしょうね? ゼリス。 まだ姿さえ知らぬ・・・彼女たち、『ゼリスの娘たち』は。 一つ目のケースには『喉』。 それはクラリネットタイプの特徴の一つ。声帯を内包した部位。様々な言語を使いこなす・・・透き通るようなあの、声量豊かな声。 この喉を受け継ぐ神姫は・・・その美しい声を響かせ、それに乗せて『心を伝える』事になるだろう。 二つ目のケースには『脚』が一対。 少し古い感じのするデザイン。ゼリスのスーツカラーがそのまま残る場所だ。堅めの足裏でカタコトと、小気味良い足音が今はもう懐かしい。 この脚を受け継ぐ神姫は。どれほどの困難があろうとも。強い意志で『心と共に歩む』だろう。 三つ目のケースには『手』・・・。 高質樹脂ではない。少し表面がざらついているのが特徴の合成樹脂。どことなく、彼女らしい素朴な感じのする小さな手。 受け継ぐ神姫は、全てを優しく抱きしめて来た手で、『心を包む込む』事だろう。 四つ目のケースには『眼』が入っている。 光を宿す銀色の瞳・・・相手の目を見つめて話す事を心がけていた、彼女の柔らかな、表情豊かな視線を宿した部位。 受け継ぐ神姫は、目を逸らしたくなる過去さえも乗り越え・・・真っ直ぐに『心を見つめる』神姫だろう。 そして・・・。 最後の一つのケースを机に置く。それだけは少し小さ目なケース。そして他の物よりも、遥かに丁重に扱われるように、多重のケースに入れられている。 (・・・。・・・) 何故、この部位が全く損傷無く取り外せたのか。CSCが活動を停止した今。それが取り外せたのは奇跡に近い。 小幡は明るくなりつつある空に目をやり、窓を開けた。 風が吹き込む。 貴女は私の娘。 そして、私は貴女の娘・・・。 上りつつある陽に目を細めながら、小幡はゆっくりと言葉を紡ぐ。 「全ての妹たち・・・」 陽光は輝き、闇の空を開けていく。 「・・・全ての娘たちよ」 肩に、確かに彼女を感じる。いつものように穏やかな表情で、その美しい声を響かせて。 冷たい風が髪を遊び、カーテンを軽く吹き上げる。 翠の髪、銀の瞳。パールと草色のスーツを身に纏った、美しい神姫がいた。 プロトタイプ=クラリネット。名をゼリスという。 流れ往く時間の中で。彼女の名はいつしか忘れられ、歴史に埋もれていくだろう。 (消えはしない) 彼女は言ったのだ。『心』がありますと。 世界で始めて、母となる事を選択した神姫。 (消せはしない・・・) 声が重なっていく。 「貴女たちを、愛しています。これまでも、ずっと。これからも・・・」 自分の声と、他ならぬ、優しい『母』の声。 「そして・・・」 重なり、やがて。 あの、懐かしい声が響いた。 『想いと共に。未来を紡ぎなさい』 西暦2036年。1月1日元旦。 全てが忙しなく流れ往き、歴史の波濤が全てを覆い尽くす時代。 そんな中でも時として。 草色の風が舞い、緩やかな『想い』が彼女達の髪を梳き・・・流れる事があった。 第六幕。下幕。 第六間幕
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2169.html
ウサギのナミダ ACT 1-30 □ ティアと共に、歩き慣れたこの道を歩くのは、実は初めてだと気がついた。 はじめの時はティアの電源は切っていた。 その後の時には、ティアは一人アパートに残って自主練していた。 「まあ、それでお前が家出したのは、苦い思い出だが……」 「言わないでくださいっ」 ティアは俺の胸ポケットに顔を埋めて恐縮する。 俺は苦笑しながら、ゆっくりと歩いていく。 手には、いつものようにドーナッツの箱。 今日は海藤の家に向かっている。 ゲームセンターに出入りできなくなった俺は、いい機会だととらえることにして、お世話になったところに挨拶まわりに行くことにした。 海藤の家に来るのは、前回からそれほど経っていなかったが、随分前のような気がする。 その短い間に、あまりにも多くのことがあり過ぎたのだ。 だが、そのおかげで、こうしてティアと共に海藤を訪問できる。 嬉しいことだった。 「やあ、よく来たね。入って入って」 海藤はいつものように、俺たちを歓迎してくれた。 「いらっしゃいませ」 そう言うアクアの涼やかな声も変わらない。 俺が二人の様子に思わず笑みを浮かべると、二人とも満面の笑顔を返してくれた。 海藤はコーヒーを淹れながら、旬の話題を口にする。 「バトロンダイジェストは見たよ。随分白熱した戦いだったみたいじゃないか」 相変わらず、海藤はバトルロンドの情報収集に余念がない。 テーブルの上に、くだんの最新号が置いてある。 表紙を見るたび、面映ゆい気持ちになる。 「その表紙は勘弁してほしかったんだがな……」 「いいじゃないか。その表紙、結構インパクトあったみたいだよ。 ネットでも評判を調べたけど、かなりの反響だ。 記事の内容については……特に神姫との絆についての言及は、おおむね好評みたいだね。 思うところがあるオーナーはたくさんいるみたいで、神姫との絆について、あっちこっちで議論になってる」 「へえ……」 それは知らなかった。 俺は意図的に、雪華とのバトルについての情報を集めるのを避けていたから。 神姫と人間との関係について、改めて考える契機になるならば、それはそれでいいと思う。 「それで、だ。海藤……」 「ん?」 ドーナッツを頬張る海藤に、今日の本題を切りだした。 ■ 「久しぶりですね、ティア」 「はい……アクアさん」 アクアさんとこうして話をするのは、実は初めてだということに、今気がついた。 でも、そんな感じが全然しない。 それは、よくマスターからアクアさんのことを聞いているからだろうか。 それとも、アクアさんが醸し出す雰囲気から来るものなのか。 アクアさんはイーアネイラ・タイプの典型だった。 落ち着いた物腰、優しげな表情、大人びた美貌に、鈴の音のように美しい声。 でも、アクアさんはそれらがさらに洗練されているように思える。 「ずっと……アクアさんとお会いしたいと……お話したいと思っていました」 「あら、そうなのですか? どうして?」 「アクアさんが……マスターが初めて憧れた神姫だから……」 わたしは少しうつむいて、言った。 マスターは、海藤さんとアクアさんを見て、神姫マスターになりたいと思ったという。 海藤さんとの仲がいいだけではなく、アクアさん自身にも魅力があるということだと思う。 わたしは思っていた。 マスターの心を動かせるほどの、アクアさんの魅力ってなんだろう? 「わたしは……嫉妬しているのかも知れません。 こうしてマスターと心通わせることができても、どんな神姫になればいいのか、わからなくて。 アクアさんなら、マスターが憧れた神姫ですから、きっとそのままでもマスターは満足なのではないかと……」 アクアさんは、優しい微笑みを浮かべながら、わたしを見ている。 「そんなことはありませんよ」 「そう、でしょうか……」 「あなたがボディを変えられて目覚めたとき、わたしもそばにいました。覚えていますか?」 「は、はい……」 わたしは少し恥ずかしくなる。 あのときも、わたしは泣きじゃくって、アクアさんに優しくしてもらった。 わたしは優しくしてくれた人たちに、お礼を言うこともできずにいて、やっぱりダメな神姫だと思ってしまう。 「あのとき……遠野さんはとても嬉しそうでした。わたしが今まで見た遠野さんで一番」 「……」 「今日も、とても嬉しそうな顔をしています。 あんな表情をさせるのは、ティア、あなたです。 遠野さんが神姫マスターになるきっかけだったわたしではなく、あなたなんですよ」 アクアさんはにっこりと笑う。 アクアさんは優しい。 今日もわたしを優しく励ましてくれる。 不意に、アクアさんは目を閉じて、こう言った。 「わたしも、ティアがうらやましいです」 「え……?」 なぜ? 海藤さんと幸せに暮らしているアクアさんが……わたしのマスターがうらやむほどの神姫が、なぜわたしをうらやむというのだろう。 「あなたが武装神姫として戦い続けているから。 マスターが本当はバトルロンドを続けたいと思っているのを知りながら……わたしは何もできないでいます。 あなたは戦える。遠野さんが望むように。 それがうらやましいんです」 驚いた。 アクアさんみたいに優しい神姫が、戦うことを望んでいるなんて。 「でも、アクアさんの想いも、海藤さんの望みもかなうかも知れません」 「え?」 「わたしのマスターが、かなえてくれるかも」 少し驚いた顔のアクアさんに、わたしはそっと微笑んだ。 □ 「『アーンヴァル・クイーン』と戦ってみないか」 それが今日の俺の本題だった。 バトルロンドを捨てた海藤だが、バトルをしたくないわけではないはずだ。 それに、クイーンならば、どんな条件を海藤がつけても、バトルしてくれるだろう。 俺は海藤に、クイーンがなぜ俺たちを指名したのか、その理由を語った。 「クイーンは、特徴のある神姫と戦い、戦い方を吸収しようとしている。 だから、バトルの場所も設定も、こちらの要求が通るはずだ」 「……」 「バトルのことを公にすることには、彼らはこだわっていないみたいだし……条件付きで、クイーンとバトルしてみてはどうだ?」 俺は別に『アーンヴァル・クイーン』の肩を持っているわけではない。 海藤自身、彼らに思うところがあるようだったし、機会があれば協力してもいい、みたいなことを言っていた。 雪華のスタンスは、バトルを拒む海藤に、ぎりぎりの妥協点を見つけることができるかも知れない。 それに、海藤だって、バトルロンドに未練があるはずだ。 クイーンとバトルして、その思いが再燃すればいいと思う。 それでアクアの心配の種も、一つなくなるはずだ。 だから、思い切って切りだしてみたのだ。 海藤は、一つ溜息をついた。 「まあ、確かに、クイーンに協力したいとは言ったけどさ……」 俺は黙ってうなずいた。 「だけど、まともなバトルロンドじゃ勝負にならないだろうし……彼らが望んでいるのも、そこじゃないんだろうしね……」 「……海藤」 「なんだい?」 「そんなに、バトルロンドに戻るのが嫌か?」 「……僕は一度、裏切られたからね」 苦笑いする海藤。 だが俺は言葉を続けた。 「だけど、バトルロンドは素晴らしいと思ってるだろう?」 「……うん、そうだね」 「この間、お前の家に来たときに言われた言葉……今でも覚えてるよ。 『バトルだけが神姫の活躍の場じゃない』ってな。 その時は俺も、バトルロンドをあきらめようと思った。お前の言うことももっともだと思っていたさ。だけどな……」 海藤は不思議そうな顔をして、俺を見つめている。 俺は続ける。 「あるホビーショップで、武装神姫のバトルを観て……ああ、やっぱり、バトルロンドはいい、と思った。 自分の神姫とともにバトルする時間は、何物にも代え難いと思う。 俺はバトルを諦めたくなかった……だから、今こうして、ティアとバトルができる。 お前も……そろそろ諦めるのをやめて、いいんじゃないのか」 沈黙が流れた。 長い間黙っていたような気がするが、大して時間は経っていないようにも思える。 やがて、海藤はまた溜息をつく。 「まいるよね……そんなに熱く語るのは、君のキャラじゃないんじゃないの?」 「……最近宗旨替えしたのさ」 「まあ……あのゲーセンじゃなければ……ギャラリーがいなければ、やってもいいのかな……」 「海藤……」 やった。 海藤がとうとうバトルに戻ってくる。 冷静を装いながらも、俺の心の中は沸き立っていた。 「それじゃあ、クイーンに伝えてよ。 バトルは受ける。そのかわり、これから僕が言う条件を飲んで欲しい。それでいいならバトルを受ける……あ、その条件でも、雪華が望むものは観られる、と伝えておいて」 「わかった」 そして、海藤から提示されたバトルの条件を聞くにつれ……その奇妙な内容に、俺の方が首を傾げた。 □ 「……それで、クイーンとアクアのバトルはどうなったの?」 隣を歩く久住さんは、興味津々といった様子だ。 ホビーショップ・エルゴに向かう途中の商店街を、俺たちは歩いている。 俺は少し渋い顔をしながら答えた。 「うーん……圧勝といえば圧勝だったんだけどさ……」 「へえ、さすがクイーン」 「いや、アクアが」 「え?」 久住さんは、目をぱちくりとさせて、驚いている。 それはそうだろうな。 俺は胸ポケットのティアに尋ねる。 「なあ、あの時のアクアと雪華の対戦、三二対○でアクアが取ったんだったか?」 「あ、最後の一本は相打ちだったので、三二対一でアクアさんです」 「……なにそれ?」 ミスティもきょとんとしている。 まあ、それもそうだろう。 普通のバトルロンドでなかったことは確かである。 どんな対戦だったのかというと、それはそれは地味な戦いで、雪華は手も足も出ずにあしらわれたということなのだ。 信じられないかもしれないが、本当なのだから仕方がない。 この戦いについては、いずれ語ることがあるかも知れない。 俺がエルゴに行くのは、店長に改めてお礼に行くのと、約束通り客として買い物に行くのが目的だった。 日暮店長は相変わらず熱い人で、俺が改めて礼を言うと、照れながらも喜んでくれた。 そして、先日の神姫風俗一斉取り締まりについて、少しだけ教えてくれた。 店長が、俺の渡した証拠を持って、警察にあたりをつけたとき、すでに警察内部でも、神姫虐待の疑いで神姫風俗を取り締まろうという動きがあった。 その発端となったのは、例のゴシップ誌に載ったティアの記事だったという。 あの記事は予想外の反響があったらしい。 そのため、警察も見過ごすことができなくなっていたのだ。 ただ、神姫風俗の取り締まりを、どの規模で行うかは決まっていなかった。 今回の一斉捜査にまで規模を広げるように尽力してくれたのは、かの地走刑事だったそうだ。 なるほど、警察の動きが妙に早かったのは、下地があったからなのか。 しかし、日暮店長が何をしてくれたのかは、何度訊いてもはぐらかされて、分からずじまいだった。 もう一つの用事である買い物は、もちろんティアのレッグパーツの改良用部品である。 エルゴには十分な部品が揃っているし、日暮店長も装備の改造や工作にやたら詳しい。 俺は自分で書いた図面を持ち込み、日暮店長と相談しながら部品を揃えていく。 在庫がないパーツは、カタログを見ながら店長のおすすめを聞き、それを注文した。 届いたときには、またエルゴに足を運ばなくてはならない。 時間もかかるし、電車賃もばかにならないが、店長へのせめてものお礼ではあるし、俺自身がこの店に来るのが楽しみで仕方がない。 久住さんも一緒に来てくれるのだから、そのぐらいの負担は大目に見ようという気になろうというものだ。 □ その久住さんには、彼女がホームグランドとしているゲームセンター『ポーラスター』に案内してもらった。 あの事件以来、俺とティアはバトルができる状況じゃなかった。 対戦のカンを取り戻すのと同時に、新しいレッグパーツ、新しい戦術も試さなくてはならない。 そのためには、日々の対戦環境がどうしても必要だった。 自宅でのシミュレーションでは、どうしても限界がある。 『ポーラスター』は、俺たちのいきつけのゲーセンよりも大きく、バトルロンドのコーナーも倍くらいの広さがあった。 それでもすべての対戦台が埋まっているほど盛り上がっているし、神姫プレイヤーも多い。 久住さんがバトロンのコーナーに入って軽く挨拶しただけで、歓声に迎えられた。 大人気だった。 あとでこの店の常連さんに聞けば、彼女はずっとこの店の常連だという。 『エトランゼ』として、他の店を飛び回っていることが多いので、この店に戻ってくると、常連プレイヤーたちの歓迎を受けるらしい。 久住さんの紹介で、俺はこの店でバトルする機会を得た。 ティアの新しいレッグパーツを試し、調整し、また戦う。 新しい技や戦術も実戦の中で試すことができた。 時にはミスティに協力してもらい、練習したりもした。 ありがたい。 おかげで、ティアは新しいレッグパーツをあっという間に使いこなせるようになり、新戦術を使いながら、バトルロンドを楽しむことができた。 『ポーラスター』は、客の雰囲気がいい店だった。 俺がティアのマスターだとばれたときには、ちょっとした騒ぎになったが、誰もが紳士的な態度でほっとした。 神姫マスター同士も和気藹々としていて、まずバトルを楽しもうという気持ちが感じられる。 初級者でも、上級者にバトルについていろいろ尋ねることをためらわないし、聞かれた方も丁寧に答えている。 このゲーセンの実力者は、久住さんを含めて五人いるそうだが、五人ともこのようなスタンスを貫いているという。 故に、中堅の神姫プレイヤーも初級者も、ついてくる。 そんな環境だと、上級者のレベルが頭打ちになりがちだが、エトランゼに影響されて、他のゲーセンに遠征する常連さんも多いという。 その結果、総じて対戦のレベルが高くなっている。 理想的な環境だと思う。 俺が通うゲーセンもこうだといいのだが。 □ そんな風に過ごして、一ヶ月が経った頃。 土曜日の夕方の『ポーラスター』。 久住さんと一緒にバトルロンドのギャラリーをしていた俺に、電話がかかってきた。 通話ボタンを押すと、 『わーーーーーっはっはっは!! みたか遠野、ざまあみろ!!』 大声の主は、大城だった。 隣の久住さんにも丸聞こえで、思わず吹き出している。 「……いったいなんなんだ、大城」 『ついにやったぞ! ランバトで、三強を倒して、ランキング一位だ!』 「おお……それはおめでとう」 そうか。 ついに大城と虎実は、あのゲーセンで一位になったのか。 それは、俺が待っていた連絡だった。 『どうだっ! 俺たちだってやればできるんだぜ、わっはっは!』 『つか、話が進まねぇだろ! かわれ、バカアニキ!!』 電話の向こうで、大城の神姫が叫んでいる。 しばらくして、虎実の静かな声が聞こえてきた。 『……トオノか?』 「そうだ」 『アタシ、ランバトでトップになった』 「聞いたよ」 『……約束、覚えてんだろーな』 「忘れるはずがない。俺たちをバトルロンドに引き留めてくれたのは、お前との約束だよ、虎実」 『ばっ……んなの、どーでもっ……そ、それよりも、ティアと! ティアと戦わせてくれるんだろ!?』 虎実の声がうわずっている。 照れているのが手に取るように分かる。 俺は思わず苦笑した。久住さんの肩で、ミスティが吹き出している。 「もちろん。お前がそう言ってくれるのを待っていた」 『なら……約束を守ってくれ』 「わかった」 明日、いつものゲーセンで。 ついにティアと虎実のバトルだ。 俺は携帯電話の通話を切ると、いつものように胸元にいるティアに声をかける。 「ティア……約束を果たそう」 「はい、マスター」 そう言うティアは嬉しそうに微笑んでいた。 次へ> トップページに戻る
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/781.html
G・L外伝 ~Gene Less~ 外伝1 解体屋 「しっかし、なかなかセカンドに上がれないよな。まあ仕事の合間に行く位じゃこんなもんか」 「マスター、私の持つような西洋剣は、どちらかと言えば“斬る”ではなく“壊す”なんですよね?」 「ん? ああ、そうらしいな。侍型の持つ日本刀と違って、重さで斬るからそうとも言えるな。あっちの方がいいか? なら変えるぞ」 「いえ、だったらマスターのお仕事と同じだな、と思いまして。いいですよね、ああいうお仕事」 「いい仕事かねえ。きついし汚れるし、割に合わないぞ。まさかそういうのがいいのか、シビル?」 「はいっ! 親方!!」 「親方言うな親方」 瓦解、崩壊、崩落。落下轟音、大粉塵。 「うにゃぁ!?」 崩れ落ちたビル。巻き起こした土煙はにゃーごと世界を茶色に変える。視界を確保するのに大きく後ろへ飛び退く、つーか思いっきり逃げる。だって怖いんだもんあいつ! なんでにゃーより先に建物ばっかり攻撃するにゃ!? それも、も~満面の笑みで。訳わかんないにゃ!! 跳躍、反転逃避。爆砕、粉砕、崩壊。 「にゃあっ!!! 追っかけてくるにゃ~!?」 三角跳びの足場に使った家屋がどちゃっと一瞬で粉塵に飲まれる。当たり前だけど、敵は思いっきし追っかけて来てるにゃ! にゃーことマオチャオのにゃーの助は、そのなんだか良くわかんない対戦相手から逃げるだけでいっぱいいっぱい。え、マスター? 逃げてにゃいで戦えって? ムリムリムリムリ! にゃーの本能が無理って言ってるもん! いや戦うのが武装神姫だろって? そんなコト言うならマスターが戦ってみるにゃ! 「きっとヘタレはちびっちゃうにゃ・・・ってにゃぁあ~!!!」 崩壊崩落、落下、轟音。 「いたたた・・・なんでにゃーがこんな目にぃ・・・!?」 マスターと口ゲンカしてる内に今立ってた足場までなくなっておっこちたにゃ。あ、危なかったにゃ~。目の前にでっかい鉄骨刺さってるしぃ。 「早く逃げにゃいと・・・ にゃ!?」 なんと気づけばそこはステージの端っこ。もう逃げ場にゃし? そーいえばこのステージ中に響いてた破壊音がもうしてないにゃ。静かになって、ちょっとづつ土埃もおさまって来る。にゃんとそこに広がってたのはガレキだらけのまったいらな荒野。つーかサラ地。ここってゴーストタウンステージだったハズにゃーのにー? 「ぐぐぅ・・こーにゃったら少々見苦しいのも仕方ないにゃ。伏兵に忍ばせておいたぷちを結集してフクロに・・・ あれ? ぷち? オマエラどこにゃ?」 「お探し者は彼等? 駄目じゃないか、現場に子供(?)を連れて来ちゃあ」 「うにゃ!?」 声に振り向くと、そこには下僕(ぷち)たちがくるくる目を回して転がってる。逃げる途中で巻き込まれてたっぽいにゃ、しかも敵に助けてもらうなんて役立たずぅ。 「さて、解体する構造物も無くなったことだし・・」 そういって、煙の向こうから、1歩、また1歩と近付いてくる対戦者。黄色い重甲冑のサイフォス。建物を壊しまくってたのは、左手のドリルと、あと右手に持ったパイルバンカーらしいにゃ。あ、パイルバンカー捨てて、背中のなんかでっかいエモノに持ち替えてる。あれは・・ツルハシぃ? 「そろそろ・・・最後の仕上げと行きますか」 その破壊魔の足音、ひどくゆっくりと近づいて来る。 「・・けど、にゃーだって!」 跳躍、急襲、爪。 勇気を振り絞って飛びかかる。そうだ、きっと怖かったのは、相手がよく見えなかったのと、モノ壊すってヘンな行動のせいにゃ。でもそれが無いなら、理屈から言って残るのは重そーな鎧だけ。なら、あーゆーカタブツなんてすばしっこいにゃーの敵じゃにゃい! 見えるっ! 動きが見えるにゃっ!! 「反撃にゃああああ!」 「ふんっ!」 「にゃ?」 急剛投、穿孔。轟、掠。 「ドリル投げるにゃんて!? ・・でも、そのくらい!」 「隙あり!!」 轟振、打突。飛飛飛飛、子猫。逸、逸、直撃、縺絡。 「にゃあにぃ!? ・・ぶにゃ!!」 にゃんと更に、敵はツルハシでゴルフみたいにぷち達を打ち飛ばす。その内の黒ぷちがにゃーの顔面にぶち当たって視界を塞ぐ。ま、まっくらぁ・・・。 「うにゃあっ! 自分で助けといて、りふじ・・」 「問答無用!!」 剛振、粉砕。 「にゃああん!?」 歩、歩、歩、寄。歩、歩、歩、逃。 「ううぅ。にゃあぁ・・・ 来るにゃぁ・・!」 また、ゆっくりと近付いてくる、黄色いアイツ。なんとか最後の一撃は避けたけど、にゃーの爪はツルハシに壊され、武器がないにゃ。もう後ずさりする場所もないにゃ・・。 無防備で涙目のにゃーを見て、それでもにじり寄ってくるまっ黄色の重鎧。その姿はまるで・・・で・・・で・・・、う~んとえっと~なんていうんだっけかにゃあーゆーの。えっとこーノドモトまで出掛かってるんだけどにゃ~。黄色くって~、なんか重そ~で~、そんでもって色々ぶっこわしてムダムダとか言って~・・・ 「あっ! ロードローラー!」 「せめてバックホーに例えなさ~い!!」 轟打粉砕、昏倒。 『勝者、“サイフォス”シビル!!』 騒、歓声、歓声。 「親方、勝ちましたよ。ファーストリーグ初勝利です! ・・って嬉しくありませんか」 「・・・まあな」 「どうしてですか?」 「お前・・・どうして毎度相手よりフィールド壊すんだよ!? しかも今回はファーストだからリアルフィールドだって言うのに!」 「だって、親方の仕事と同じじゃないですか?」 「同じなわけあるか! 俺は仕事で壊すの! 金貰うの! だけどお前のは一銭にもならないだろ!」 「なりますよ! ファイトマネー貰えるじゃありませんか!!」 「モノ壊したのは報酬に関係ないだろう!!」 「そうです、むしろ赤字です」 「ほらこう言う人だって・・・ え?」 「私、当神姫センターのバトル運営者なんですが・・・」 「はい?」 「ぶっちゃけ出入り禁止」 「はうっ!!」 こうして破竹の勢いでファーストリーグに上り詰めた“破壊王”ことシビルとそのマスターは、初日ソッコーでリーグ参加権剥奪されるという伝説を残しましたとさ。 ちゃんちゃん。 目次へ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/638.html
花は咲き乱れて ※注意!18禁です! 登場人物 パンジーのマスター 友人に勧められ、神姫を初めて購入した男 うっかりさん パンジー 花型MMSタイプジルダリアの神姫 大人しい性格 書いた人:優柔不断な人(仮) ちらっ…ちらっ… 「どうしたのです、マスター?」 昨日ウチに来たばかりのパンジーが俺に言った 「いや…なんでもない…」 友達に勧められて初めて買った武装神姫 パッケ絵に惹かれて中身を良く見ずに買ってしまったのだが、まさか中身があんなにえっちなカッコだったとは… 「心拍数及び呼吸数が異常に上昇してるようですが、どこかお体の具合でも悪いのですか? 「いや、大丈夫だ…」 武装させればマシになるのだろうが、武装させる為には直視しなければならない マスター設定をするまでは耐えられたのだが、動き出したらもう恥ずかしくて恥ずかしくて… 「もしかして、私に何か到らぬ点でも?」 「そんなことはないよ」 「でも私が起動してから、ちっとも私の方を見て話して下さらないのですね…」 う…俺が悪いのに…罪悪感が… 「…クスン、申し訳ありません。私が到らないばかりにマスターに不愉快な思いをさせてしまって…」 「そんな事ないぞ!キミがとっても魅力的すぎるから、俺の気持ちが昂ぶるだけだ!昂ぶりすぎるから怖いだけだ!」 ようやく彼女を見ながら、思いをぶつける 「…ホントですか?」 「ああ、本当だ。キミは俺になんか勿体ないくらい眩しすぎるのさ」 「そういうことでしたら相談していただければ良かったのに。私、良い対処法を知っております」 「何?ホントか?」 「はい。古くから伝わる気持ちの昂ぶりを押さえる方法です」 俺の前に来る彼女、そしてちょこんと座り、足を上げ顔を真っ赤にしながら言った 「私の足を持ってゆっくりと『開いたり、閉じたり』してください…」 彼女の言うとおりにしてみる俺 「開いたり…閉じたり…開いたり…閉じたり…」 彼女の透き通るような白い肌、それが微妙に赤みを帯びている… その肌を隠すのはわずかばかりの白い布… 「なんか余計に昂ぶってくるような…」 「ヘンですね…昔から伝えられている方法なのに…?」 彼女のカラダを弄ぶように開いたり閉じたりする俺… …やば…理性が…ぷち… 「パンジー!」 俺はとうとう欲求に負け、彼女の胸へと指を伸ばした 「あっ…」 弱々しく抵抗する彼女。しかし神姫と人間の力の差は歴然だ むにゅ… 「柔らかい…」 「マスター…ダメです…」 彼女の抗議を無視し、胸をいじり続ける くいっ ブラを上にずらす。彼女の胸が丸見えになる 勿論その先端のピンクの突起まで 「あっ…恥ずかしい…」 彼女のささやかな抵抗が、俺の淫らな欲望を増大させる 「キミが悪いんだ…」 「え…?」 俺の言葉に目を丸くする彼女。体が硬直し、抵抗も収まる そんな彼女の体に顔を近づけ ぺろっ お腹から胸、顔まで舐める 「はうっ…私が…いけないんですか…」 「そうだ、キミがいけないんだ…」 もう一度舐める 胸の先端を刺激する 「はうっ…私の、どこがいけないんですか…」 ぺろっ 答えずに舐め続ける 「私が…悪いんですか…申し訳…ありません…」 ぺろっ 不意にしょっぱい味がして驚く俺 ふと見ると彼女は… 「申し訳ありません…マスター…私が…到らないばかりに…」 その小さな体を震わせて、泣いていた …俺は何をやっている? 今俺はなにをしている? 彼女の何が悪いんだ? 悪いのは俺だ 自らの欲望に負けた俺だ 「…マスター、泣いておられるのですか?」 俺は泣いていた 自分の愚かさに 自分の勝手さに 彼女を傷つけた事に… 「…ごめん」 胸から手を離し、箪笥へと向かう 「…あの」 引き出しを開け、ハンカチを取り出す 「ごめん、最初からこうすれば良かったんだ」 彼女にハンカチを掛ける 「…あ」 ハンカチで体を隠す彼女 「ごめん、キミは悪くない。悪いのは俺だ。恥ずかしがりながらも、キミの肌をみたかった俺の…」 「マスター…」 「俺はマスター失格だ。キミを守らなきゃいけないのに、キミを傷つけた。キミを汚そうとした。自分の性欲を満足させるためだけに!」 「そんなことないです…」 「…え?」 「マスターにそんな感情を起こさせた私が悪いんです…」 そういって立ち上がる彼女 「だから…」 顔を真っ赤にし 「私で鎮めてください…」 ハンカチを下に落とし、全てをさらけ出して 「私を…汚してください…」 彼女が言った 「…わかった」 彼女を優しく持ち、テーブルの上へと乗せ、仰向けに寝そべらせる そして、彼女に残った最後の砦…パンティを脱がす 「…あ」 彼女の秘部からはキラキラと光る物が… 「濡れて…いる…」 「恥ずかしい…」 「もっと濡らしてあげるよ」 そう言って秘部に舌を這わせる 「はうぅ…」 熱い吐息を漏らす彼女 そんな彼女の秘部を執拗に攻める俺 だんだん彼女の息づかいが荒くなってくる 「あっあっ…はぅ…あん…あうう…あっ…ああっ!…もう…ダメッ!」 そんな彼女の秘部に最後の一撃を与える 「ああ~~~~~っ!」 背中をピンと反らせ、達する彼女 「ふぅ、ふぅ、ふぅ、はぁ、はぁ…はぁ…」 そんな彼女の頭を、優しく撫でる 「…申し訳ありません…マスターを鎮めなければ…いけないのに…私だけ…」 「…じゃあ、休憩したらこっちも…」 「あ…大丈夫です…」 彼女の返事を聞き、立ち上がりスボンをおろす 「…あ…これがマスターの…おしべ…すごい…」 この表現を聞いて、ああ、やっぱりこの子は花型なんだなと思ってしまった 膝を付き、テーブルの上にいる彼女に男根を近づける 「それじゃ、頼むよ」 「…はい」 そういって男根に手を伸ばす彼女 「…うっ」 触れた途端に快楽が… 「あっ…大丈夫ですか?」 「大丈夫、気持ちよかっただけだから。だから続けて」 「はい…」 そう言って男根を撫で始める彼女 「うう…きもちいい…もうちょっと…強く…早くして…」 しゅっ…しゅっ… 彼女の擦る力が強くなり、速度も上がる しゅっしゅっしゅっしゅっ 「ああっ…先端も舐めて…」 ぺろっ…ぺろっ… 舌による刺激も加わる 先走りの液体と、彼女の唾液とで男根はすっかりビショ濡れになった ぬちゅっぬちゅっ… 濡れた卑猥な音が響く もっと刺激が欲しい… 「ちょっとストップ」 「…はい」 彼女を止める俺 「もう一回寝そべって」 いわれるままに寝そべる彼女 その上に男根を乗せる 「足で締め付けて」 「あ…恥ずかしい…」 そういいつつ足を絡め、締め付けてくれる彼女 「じゃあ、動くから。体をしっかりと固定してね」 テーブルに手を置き、動きに備える彼女 それを確認し、ゆっくりと腰を降り始める ぬちゅ、ぬちゅ、ぬちゅ… 足で締められた男根は、彼女の秘部とお腹へと擦りつけられる 「おっ…おおっ…すごいくもちいい…」 「んっ…はんっ…私も…ですっ…あん…」 腰を振るスピードを上げる俺 「おっ…おおっ!…もう…そろそろ…」 「はうっ…私もっ!…また…あううっ!…」 「はぁっ!…くっ…くぅっ!でるっ!でるぅっ!」 びゅくっ! 「はうっ!…はあああああっ!」 ビクン! 同時に達し、嬌声を上げる彼女の体へと精液をぶちまける俺 びゅくっ!びゅくっ!びゅくっ! 「うううっ…ううっ…はううっ…」 「ああん、マスター…スゴかったです…」 彼女の体は、俺の放った精液で全身ズブ濡れになった… 「そうしてあなたが生まれたのよ、菜種」 パンジーは目の前にいる種型MMSタイプジュビジー…菜種に向かって話しかける 「ふーん。パパとママって、出会ったときからラブラブだったんだ」 「おいおいパンジー、嘘を教えるなよ」 「えー、嘘なの?」 「一部だけよ」 「どこが嘘なの?」 「それはね───」 終わる あとがき エロ妄想スレに投下したネタを大幅加筆修正してみました ジルダリアの足って、めしべなんだそうで そこにかけたら… とここまで書いて、武装させてなかった事に気付く俺うっかりさん
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/491.html
武装神姫のリン 第14話「無名」 「距離200.100.50....来る!!」 大きな砂煙を上げて敵の大型機動兵器が姿を現す、巻き上げられた砂煙によって完全な姿は分からないがシルエットで"ソレ"が球体であることが認識できた。 しかし… 「なに、この臭い!!」 「うっ…この臭気は……」 「鼻が、歪む」 「おねえさま コレは!」 「頭がくらくらする…」 「こういう兵器…なの??」 いままでに感じたことのないほど醜悪で、怖気さえ感じるおぞましい臭気が皆を襲う。 どうやら機動兵器から発せられているらしいが、ただの兵器にここまでの臭気を発生させられるのだろうか?? まだ敵は動かない。ならばと臭気に負けじとセリナがコンテナから2連装式のガトリングガンを引き出し、グリップを握る。 「ふぅ…みんな下がって! 先制攻撃行くよ!!!」 「ええ、セリナ。お願い。」 セリナは照準を球体のシルエットの中心に合わせ、トリガーを引いた。 先ほどまでの静寂な空気をまさに吹き飛ばすほどの大轟音が響き無数の弾丸が数秒で敵に打ち込まれる。 そして砂煙が晴れる… そこに現れたのは全身を機械で覆った球体型の兵器ではなかった…皆の瞳に映るのは極彩色に彩られ、生物の臓物をぶちまけたかのような肉片が集まったような、そんな代物だった。 そしてその中心にそんなものとは無縁とも思える先鋭的なシルエットをもつ「ロボット」が埋め込まれるかのように存在していた。 ガトリングガンの弾は全てそのロボットの胸部に命中しその表面には無数の穴が開いていたかに思えたが、時間が巻き戻るように修復。さらに肉塊からずるりという音も無く滑り降るかのように抜け出し、降り立った。 その姿は巨大な鉄塔のようであるが、まぎれもないヒトガタ。 いや、しいて言えば腰より下がとてつもなく長いドレスを着込んだ女性のような鋼鉄の巨人だった。 「……ネームレス・ワン」 俺はソレの名前を自然と口にしていた。 「ああ、アレね。30年以上前のゲームでしたっけ」 静菜も知っているようだ。 コレの恐ろしさはよく知っている。 まあ確かに恐怖小説郡を元にしたゲーム…「デモンベイン」の中の存在ではあるがその能力は正に「機械仕掛けの神」という表現がふさわしい。 もちろん本体もそうではあるが、何より面倒なのは後ろに存在する肉塊。 あれはの恐怖小説郡の総称にもなっている狂った世界の神、「クトゥルー」だ。 あの姿、無限心母を取り込んだ状態…なら次に起こす行動は1つ。 おれはインカムを手に取って叫ぶ 「絶対触手に捕まるな!! 捕まると数秒で食われる!!」 俺が叫ぶと同時にクトゥルーから無数の触手が生え、SFFを襲う。 皆飛びずさりながら後退するがセリナだけは臭いにやられたのか、足を取られてしまう。 それを感知した触手は想像を絶する速度でセリナに迫る。一番動きが遅いと「本能」で感じたのもあるだろう。 「こ。こないで!!!」 必死にガトリングを撃つセリナだが触手の数は一向に減らない。そうして1本の触手がガトリングに触れ、溶かしていく。 そうして防御の策を失ったセリナにゆっくりと触手が近づく。 「セリナ!!」 触手をナイフで切り裂き何とかギリギリでファムがセリナを抱え上げて飛翔。 「リン、頼みます!!」 「ハイ!! 撃ち抜け、神雷!!!」 あの衣装を纏った燐が大剣、ザンバーフォームに変形したバルディッシュを大きく振りかぶり、思い切り横薙ぎに振りぬく。 "Jet Zamber" 巨大な黄金の刃が無数の触手を、そして巨人、クトゥルーまでもを切り裂いていく。 もちろんSSFメンバーおよび燐とティアの武装の公式戦用のリミッターは解除され、その上SSF独自のプラグインによって威力はあの事件の時よりも上がっている。 その威力を燐は存分に発揮させているがこれでも多分時間稼ぎにしかならないだろう。 クトゥルーの恐ろしさは何より常識外れの再生能力にある。 この力を借りた敵を倒すのは「デモンベイン」劇中でもたやすくは無かった…少なくともクトゥルー本体を完全に消滅させるレベルでなければ話にならない。 つまりコンテナの反対側に積まれた「切り札」を使わなければいけないのだが、この状況では使えない。 それは目標に接触しなければなんの意味もなさない。 ネームレスワンが身代わりになれば、そこで俺たちの敗北が決まってしまう。 まだ敵は修復中だが触手は範囲内に入ったものを捕食する自動プログラムなのだろう、キャルが適当に投げたガトリングガンの破片を瞬時に捉え、食す。 「これだと近づけないわね、どうする?」 「やっぱり"あれ"はまだ使わないほうが、起動から敵への到達までの時間をこのままだと稼げません。せめて後5人いたら…」「5人…望み薄。 後ろの部隊もまだドンパチやってるよね、静菜さん?」 エイナが静菜に確認する 「そうね、どう考えても貴女たちがいる階層に到達するのは今のペースなら3時間後。持たないわ。」 「ん?? 隊長。 識別不明の5機の兵器??を確認。 ものすごいスピードでこっちに向かってます!!」 「識別不明? 警戒して」 「はい……?? 突然反応が消えました。 ジャマーか何かを使用したとおもわれますが、ウチのセンサーから逃げるなんて」 「…」 静菜は顔を引きつらせる。 「ファム!! 皆、装備を整えなさい!!」 そう静菜が叫んだ瞬間、ネームレス・ワンの周りに5体の新たなヒトガタが出現した。 「なんともひねりが無い、逆十字の登場ね。」 現れたのはネームレス・ワンほど巨大ではないが神姫の3倍はある巨体。同じく「機械仕掛けの神」と呼ばれる存在だった。 ベルゼビュート、ロードビヤーキー、クラーケン、サイクラノーシュ、皇餓。 その5体は瞬時にSSF各メンバーに取り付いた。 ベルゼビュートはファム、ロードビヤーキーはエイナ、クラーケンはメイ、サイクラノーシュはセリナ、皇餓はキャルに。 そして…消えた。 「強制転送か!!」 「皆を追って」 「了解」 そうして一がキーボードを叩く。 「座標判明。 見事に5箇所に分断されてます。 お互いに助けに行くのは難しいです。」 「皆。自分の神姫のサポートに全力を尽くして。 私もコンソールに付きます。」 そうして隊長席から腰を上げた静菜は一の横の開いたコンソールに座る。 「もう、失うのはイヤだから…」 そう呟いた。 「亮輔、私もティアの助けになれるかな?」 俺の後ろで言葉を発さず見守っていた茉莉が言う。 「ああ、声だけでも十分だ。」 「わかった、私もがんばるね。」 そうしてSSF本部に設置されたの7つのコンソール全てが埋まった。 「燐、ティア。お前達が本命担当だ。 思いっきりやるぞ!」 「コテンパンにしちゃえ!」 「ハイ、マスター、茉莉!!!」 「ええ、分かってますわよ!!!」 ~燐の15 「無垢なる刃」~